第4話 利己的な遺伝子

 ——DNAに意思はない。

 産めよ、増えよ、地に満ちよ。

 僕たちは日々増殖し、進化を遂げるための遺伝子の乗り物だ。リチャード・ドーキンスが言ったように。


 だとすれば、僕ほどパーフェクトな遺伝子は他にない。

 そして僕ほど、指導者として産まれた者もいないのだ。


 ——それなのにどうして、彼女は僕を認めないんだろう。



◇◇◇



 僕たちは、怯えた表情をしている二人を見下ろしていた。

 高校生にしては背が低い。いや、旧人類としては、それが普通なのだろうか。仲間に目くばせで合図を送り、連行する形でぴったりと二人に身体を寄せる。行き場のなくなった二人は、がやがやと何事か怒鳴りながらも、仕方なく僕たちと並んで歩く格好になった。


「ちょ、ちょっとお義兄さん、拉致はよくないっすよ!」

「やだ! お義兄さんとか呼ばないでよ、つばさ!」


 危機感があるのかないのか、二人はこんな時でもとても——不適切だ。非生産的。協調性の欠如。旧人類らしい、エラー行動。

 だが、二人がこのような反応を見せる事は想定済みだ。だからこそ、僕の協力が必要なのだ。


 新人類の次世代を担うこの二人に。


 多少の抵抗は見られたが、無事に妹とを連行する事に成功した。

 都内のオフィスビルの一つ、その地下に、僕たちは研究所を構えている。もっと堂々と研究対象を庇護する施設を建ててはどうかと、常々思うが、それは前任の指導者であるの意思とは異なるのだろう。


「なによ、ここ……」


 妹の美月の声が、一面の白い廊下に響く。その己の声の反響にも、美月はびくりと肩を震わせた。なぜ? 怖い事など、なにもないのに。

 二人は建物内に入ってから、やけに怯えて静かだ。先頭を歩く僕の足音と、新人類に囲まれた二人の不規則な足音だけが、コツコツと響いている。つばさはというと、美月を庇うように身を寄せ、じりじりと周囲を睨んではいるが、先ほどの威勢は感じられなかった。


「安心して、美月さん。ここは君たちがより良く生きるための場所だよ」


 僕は一面のガラス窓を指して、そう言った。

 長い通路には、それぞれ異なる研究室が、ハニカム構造のような正六角形の配列を模して配置されている。一番近くの巣房すぼうでは——研究室の事を、ハチの巣になぞらえてそう呼んでいた——、白衣を着た新人類が、モニターに映る遺伝子配列を分析している。


「より良く、生きるって」


「美月やめろ、これ、多分ただの研究じゃない」


 僕たちは、一斉に彼らを振り返った。それだけの事なのに、二人は恐怖に固まっている。また、エラー行動か。


「逃げる必要はないよ、二人とも。僕たちは敵じゃない。ほら、見てごらん」


 僕は手をかざし、一つの巣房を開ける。スライドして開いた正六角形の部屋の中には、若い男女が座った椅子が二台。ゴーグルをつけた彼らは、頭に電極をつなぎ、最適化をしている最中だった。

 モニターには「感情抑制率:78%」「最適化進行中」と表示されている。女性の旧人類が、時折悲鳴のような声をあげては、けいれんを繰り返している。

 それを見た美月が、ううっ……と苦し気なうめき声をあげた。


「何よ……これ。あの人たち、すごく苦しそうじゃない! やめてよ!」


 叫ぶ美月に対して、つばさは呆然と何事か呟いている。


「おい、マジかよ……これ、洗脳なんじゃねぇの」


「洗脳? そんな旧式のプログラムはここでは使用しない」


 僕は首をゆっくり左右に振った。


「これは君たちの非効率な感情を整理して、もっと幸せに生きられるようにするプログラムだ。そして美月さん、君の遺伝子データは既に解析済みだ。驚くべき事に、君はパーフェクトヒューマンとの親和性が非常に高い」


「は……? 私の、遺伝子……?」


 何か思い当たる節があったのか、美月は真っ青になっている。


「ああ、安心して。その遺伝子情報、僕がトイレで拝借したとか、そんな事はないからね」


 美月の顔が今度は真っ赤になる。妙な反応だ。


「お前……っ!」


 つばさが殴りかかろうとしてくるが、コンマ五秒ほど、僕の反応速度が速い。軽くいなして、突き出されたこぶし側の肩に圧力をかけると、彼は唸りながら膝をついた。


「遺伝子情報を渡してくれたのはね、君のお母さんだよ」


 そう、美月の最適化を望んだのも。


「この再教育施設はね、君のお母さんの発案によるものだよ、美月さん」

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