パーフェクトヒューマン ~義兄は人間を辞めました~
高遠蓮
第1話 新しい家族
「お父さん、聞いてないから!」
怒号にも似た叫びが一軒家にこだまする。
私は都内の高校に通う、父子家庭の一人っ子だ。名前は美しい月と書いてみつき。座右の銘は「らしくあれ」。学校の成績は個性的とはいかず、可もなく不可もなくだけど、それなりの幸せな毎日だった。
この、幸せな毎日”だった”のには理由がある。母の死後、これからは余生と決め込んでいた父に恋人が出来たと知らされたのは先週の事。最悪なのが、父の恋人とその息子さんと、来月から同居が始まるという事……。
「落ち着きなさい、美月。ただの同居だから、な?」
父はそう言ってるけど、私にはわかってる。そのうち“同居人”は“継母”になって、その息子は私の……お兄ちゃんになるってこと。そしてその義理の兄は、最近話題のパーフェクトヒューマンだそうだ。
私、
父と恋仲にある存在は、私にとって受け容れがたい。母の事は大好きだったし、母の事が大好きな父も好きだったから。対面に座した遠慮がちな二人を避けて、私のさまよった視線が青年とぶつかる。
義理の兄になるかもしれない青年は、名を
(さすがに整った容姿ね……これが、パーフェクトヒューマン。初めて見た……)
私は遠慮もなしに、斜め向かいに座る青年を眺めまわす。
柔和に微笑む目元は、切れ長で印象的なのに悪意がない。頭のてっぺんから、つま先まで、この人はそう、デザインされたのだもの。
「はじめまして、よろしくね?」
向けられた手はひんやりとしていて、私は鳥肌を隠せなかった。
パーフェクトヒューマンとは、新法により可能となった新人類を指す。
よもや第三次世界大戦かと危ぶまれた年、日本政府は「遺伝子改良」を主とする法案を立案した。多分軍事利用を見越しての苦肉の案だったに違いない。当時、自民党ら保守派の面々が重なるスキャンダルで力を失い、米国政府からの強い圧力もあってか、あっさりと立法されてしまう。
遺伝子改良された新しい人類は、容姿端麗・文武両道・免疫機能の改変により、脳以外の臓器が取り換え可能であり、その呼称を——パーフェクトヒューマンとするものとした。
この法案により、多様性が重んじられた時代は過去となった。デザインされた遺伝子は、どれも素晴らしいかもしれない。だけど私は、パッケージに入れられた人形をイメージしてしまう。正直言って気味が悪い。それが義理とはいえ、兄になろうというのだから、私の声が大きくなるのも納得だ。
「美月ちゃん、あの、真人は妹さんができるのをすごく楽しみにしててね?」
二人はまるで似ていないのだ。固まっている私に、義兄が抑揚のない声で問いかける。
「美月さん、怒ってるように見えるけど、実は不安だよね?」
かっと顔が上気するのが分かる。私は義兄の手をはねのけて、駆け足でリビングを後にした。
◇◇◇
「えー、兄ちゃんが超人とかかっこいいな!」
隣でジュースをごぼごぼと泡立たせながら、
急にファミレスに呼び出したとはいえ、学校帰りのままのジャージ姿だ。
「超人っていうか、遺伝子の改良で……。ええと、デザイナーズベビーってやつ? どっちにしろちょっと怖いよ」
「じゃあイケメンなんだ?」
「まぁ、整ってはいるかな」
「ほーん」
私の嫌悪感を読み取ってなのか、つばさは言葉を濁した。
付き合って一年になる同い年のつばさは、なんというか、とても人間らしい。個性的といえば聞こえはいいが、少し間の抜けているところがあるというか。だけど、私はつばさのそんな所も大好きだった。
「パーフェクトヒューマンとか、なんかもっといい名前無かったのかなって思っちゃう。しかも人間っていうけど……脳以外だったら、どの臓器でも取り換えがきくって……きもいよね」
つばさはちょっとの間考えて、ストローから口を離す。
「じゃあお兄さんってさ、うんことかすんのかなぁ?」
「あはっ、馬鹿じゃないのつばさってば! そこまで人間離れしてたら、もう」
「もう?」
私は恐ろしい考えに蓋をする。
「なんでもない! さっ、勉強しよ! 来週のテストお互いやばいんだから」
私の義兄は完璧な人類。
すべて与えられた新人類が、私たちの事を見て何を思うのか――。
私は生物Ⅱと書かれた参考書に目を落とし、ため息を吐いた。
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