第二十四話 捜索
「では先輩、私は妖精を探してみますので」
レスターの研究室を後にしたアシュリーは、開口一番そう言った。これ以上関わるべきでないというレスターの忠告を、当然のように無視している。
「まったく君は……どうせ、引き下がる気はないんだろう? 俺も同行する」
二人は校舎を後にする。しかし妖精を探すと言っても、このだだっ広い学園のどこを探せばいいものか。
「第一、犯人が本当に妖精とも限らないだろ? 一つ目の事件から、もう二週間近く経っている。人間嫌いの妖精が、それだけの期間、学園に留まっている理由は何だ?」
「迷い込んだ、という可能性はあると思います。学園の裏手には、大きな森があるでしょう? 妖精などの小さな生き物は、学園の結界にも引っかからないでしょうし……」
学園には、侵入者を防ぐ結界がある。ただ一定以下の魔力量の者には反応しない。以前、
「とはいえ、二週間近くも逃げないのは確かに不自然です。何か事情があるにしても、先輩の言う通り、私の早とちりな可能性が高いとは思います」
自信なさげに眉を下げながら、それでもアシュリーは言い切る。
「でも、もし本当に妖精なら、お話できるのはきっとこの学園で私だけ。見つけ出すのは私が最適のはずですから」
そうしてアシュリーは、そっと囁いた。
「このあたりに、妖精さんはいませんか? あなたと話がしたいです。何か私にお手伝いできることはありますか」
「うーん、めぼしい場所で、いちいち呼びかけるしかないですかね。校舎や人の多い場所は除外して……」
「それでもここは広いんだ、日が暮れる……ここは俺に任せてくれ」
そう言って、グレンが指先を振った。白い光が一瞬きらめいて、アシュリーの喉元でぱっと散る。
「声を拡散する魔法だ。さすがに学園全域には届かないが、使わないよりマシだろう?」
「このまま普通に喋れば、私の声がもっと遠くまで届く、ということですね」
「ああ。ただ無関係の者にまで聞かせる必要はない。声が聞こえる対象者を絞ってある。ひとまず、魔力を持たない者にのみ声が聞こえるように設定した」
ここが魔法学園である以上、魔力を持たぬ者などいない。対象者はごく限られて、それが妖精である可能性も高い。
意を決して、アシュリーは語りかける。
「あの、このあたりに炎の妖精はいますか? どうしてこんな学園にいるんですか、何か困ったことがあるなら力になりたいです。もしいるなら――」
そこまで言って、アシュリーは困ったようにグレンを見上げた。仮に妖精のような存在がいて、アシュリーの声が届いたとして、向こうの答えはどうやって知ればいいのだ?
「もしいるなら、えっと、どうしましょう?」
「……火が使えるはずだろう。なら、本当にごくわずかでいい。他の誰も気づかないくらいの細い火を、空に打ち上げてみてくれ」
「わかりました」
その通りアシュリーは伝え、さらに呼びかける。しかしこれといった変化はない。時間だけが過ぎていく。
やはり妖精が犯人というのは見当違いだっただろうか。それともアシュリーの声が届いていない?
二人がやがて諦めようとした、そのときだ
「……グレン先輩、あれ」
校舎が遮る東の空。そこに一瞬、オレンジの光が浮かんだように見えた。あまりにもか細く、アシュリーたちのように空を注視していなければまず気づけない。
「一瞬だが……間違いない、火だ」
偶然のわけがない。誰かが意図を持って、火を打ち上げたのだ。
「あっちは……大庭園の方ですね。行ってみましょう!」
アシュリーとグレンは駆け出した。
正門から校舎へと伸びるメインストリート。その両脇には広大な庭園があり、季節ごとに美しい花を楽しめる。ただ校舎から離れているため、訪れる生徒はごく少ない。
そんな人気のない大庭園で、アシュリーとグレンは先ほどの炎の主を探した。しかし見当たらない。アシュリーが呼びかけても、それらしい反応はない。
「うーん……さっきのは偶然? いやでも、そんなわけないですよね……」
そう呟きながら、アシュリーは屈んで花壇を覗き込んだり、葉を裏返してみたりする。眼前の花ばかり直視するのに疲れて、ふと目線を上げたそのときだ。
さらに奥の、植え込みの影。そこに、手のひらに乗りそうなほど小さな少女が、膝をついていた。その指先は、アシュリーを示している。
――ゴッ!!
その瞬間、炎の波が、地面を舐めるようにしてアシュリーへ迫った。
「わ……っ!?」
間一髪、アシュリーは迫り来る炎から飛び退いた。土や草が燃やされて、真っ黒に焦げつく。
「どうした、アシュリー!」
血相を変えてグレンが駆け寄ってきた。アシュリーは平気だと頷いてみせて、火を放った彼女を見つめる。グレンも彼女に気づいたようだ。
橙赤色の髪に瞳。薄い衣からまとう手足は華奢で、現実離れしている。何より、背中からは透き通った薄緑の羽が生えている。
「……妖精です。やはり一連の事件は、彼女によるもののようですね」
庭園に残った焼け跡は、先日見た事件現場のものと一致する。運良く回避できていなければ、今頃アシュリーも火傷を負っていただろう。
火の妖精と思しき彼女は、険しい顔でアシュリーたちを睨みつける。さらに炎を射出してくるが、グレンが氷の魔法によって撃墜した。
アシュリーはそれでも怯えない。まして、妖精を敵だとは思わない。
(……怒りと、敵意。でも、それ以上に彼女は怯えている)
アシュリーは、精一杯の優しい声と笑みで彼女に言った。
「さっき炎を打ち上げてくれたのは、あなたですよね。あなたを傷つけるつもりはありません、話を聞いてくれませんか」
その声を聞いて、妖精の顔色が変わった。目を見開き、困惑を顔に浮かべながら。
『……さっきのは、アナタの声だった?』
「はい。私は
『同胞と思った、まさか人間だったなんて……!』
まだ警戒はしているものの、攻撃するのはやめてくれた。品定めするような目で、アシュリーとグレンを交互に見ている。
アシュリーもまた、彼女を観察して。
「……なんです、それ?」
その首に取り付けられた、あるものに気づいてしまう。
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