第十一話 顧問
その日も1日の授業を終えたアシュリーは、さっそく研究会へと足を運んだ。
「お疲れ様です!」
扉を開けて中へ。するとそこに、見慣れない男が立っていた。本棚の前でなにやら物色している。
背を覆い尽くすほど長い銀髪の男だ。怜悧なアイスブルーの瞳が、やってきたアシュリーに向けられる。
「……お? ああ、噂の新入生か」
呟き、ぱっと顔を輝かせると、大股でずかずかとアシュリーに歩み寄ってくるではないか。
「ひえっ」
「やあ、君がアシュリー・バードだな? ずっと話してみたかったんだ。聞かせてくれよ、君が出会った妖精の話を」
ぺらぺらと一方的にまくし立ててくる。面食らってアシュリーが後ずさろうとするのに、その人はなおも詰め寄ってくる。
「
「やめてください。アシュリーが怖がってる」
割って入ったのはグレンだ。不審者に気を取られて気づかなかったが、彼もすでにきていたらしい。不審者を押しのけ、アシュリーとの間に割って入る。
「せ、先輩……! なんですか、この人?」
アシュリーは安堵し、グレンの背後にこれ幸いと隠れる。
「大丈夫。むしろ君はすぐ仲良くなれるんじゃないか」
アシュリーを背に庇いつつ、落ち着いた声音でグレンは答えてくれた。
「うちの顧問だよ。どの部活や研究会にも、それを指導できる教員がついているだろう? レスター・オルコック先生、魔法生物学を専門に研究なさっている」
「驚かせて悪かったよ、バード。1回生の授業は担当していないから、初対面だな。これからも顔は出すから、ぜひ覚えてくれると嬉しいよ」
さっきと違い、アシュリーとは適切な距離を取った上で、恭しくお辞儀するレスター。慌ててアシュリーも、それらしい一礼を返した。
「魔法生物学のレスター先生というと……もしや、アルラウネの生息域を発見なさったあの?」
アシュリーは目を輝かせて尋ねた。彼の名に聞き覚えがあったのだ。
様々な魔法生物の生態を明らかにする中で、レスターは伝承を利用している。たとえば今アシュリーが口にしたアルラウネというのは植物型のモンスターだが、長らく実在しないフィクションの存在だと思われていた。
しかしレスターはこの国のあらゆる伝承や昔話を収集しており、アルラウネの登場する話の地域に相関があることに気づく。その地域を重点的に洗い直したところ、人里離れた森の奥深くに、アルラウネが生息していると突き止めたのだ。
伝承を追う者として、レスターの名はかねてより知っていた。
「お会いできて光栄です! 私、1回生のアシュリー・バードです」
さっきまでとは違う、尊敬に満ちた目でレスターを見つめる。もう彼のことを不審者などとは思っていない。
「僕こそ光栄さ。グレンから聞いてるぜ、君、妖精を目撃したんだってな?」
「は、はい……信じていただけるかはわかりませんが」
「信じるとも。君は南部のメルー地方の出身だろ? あのあたりは昔から妖精伝承が盛んだからね」
「そうですよね、母から色んな話を聞いて育ちました……!」
ソファーに座り、2人は一気に話し出す。その息ぴったりな様子に、グレンは「……ほら、こうなると思った」と独りごちながら、それでも紅茶を淹れてくれる。マドレーヌといった茶菓子まで添えてくれた。
「それにしても……もぐ……今日は一体……もぐ」
「こらアシュリー、食べるか話すかどっちかにしろ」
「もぐもぐ」
グレンのお小言に肩をすくめ、いったんアシュリーはマドレーヌの咀嚼に集中する。「親子か?」とレスターが冷静にコメントする。
マドレーヌを飲み込んで、アシュリーは改めて尋ねた。
「ちなみに今日はどういったご用件で? 顧問だからって、毎日こなきゃいけないわけじゃないでしょう」
でなければもっと早くにアシュリーと会っていたはずだ。入学からもう一月は経っているのだから。
「まあそうだな。今日はここにある資料に見たいものがあってきたんだ。でもそれだけじゃあない。いい加減、君とも話してみたかったんだ」
紅茶を慎重にすすりながら、レスター。
「妖精研究には僕も興味がある。ただどれだけ有力な手がかりを辿っても、まったく成果が出なくてな。ぜひ君の手を借りたいんだ」
「うちの故郷の森にきてくれれば、私の馴染みの妖精がいますよ。ただ基本ヒトをあまり好まないので、会ってくれるかはわからないですけど」
「いや十分だ。僕一人じゃ、どれだけ森を歩いても手がかりが見つからず……気づけばその辺で眠りこけている、なんてこともあってな」
「さすがに危ないですよ、気をつけてください」
グレンが冷静に諭す。しかしその横でアシュリーは、何か引っかかったような顔をしていた。
「それは……森の奥で妖精を探していたら、気づけば眠ってしまっていたということですか?」
「ああ、そうだ」
「眠る前後の記憶はありますか?」
「恥ずかしながらまったく」
レスターの答えを聞いて、アシュリーは控えめながらも言い出した。
「それは……もしかしたら、先生は妖精を見つけたのかもしれません。ただ、
「へえ」
レスターの目が爛々と輝いた。身を乗り出し、さっきまでとは異なる研究者の顔でアシュリーを見つめる。
「初めて聞いたな。何だいソレは?」
「私も故郷の妖精に聞いただけなんですけど……妖精の羽には、蝶のような鱗粉がついていて、人間がそれを吸うと意識を失ったり記憶が曖昧になってしまうそうです」
人間にうっかり見つかっても、鱗粉をばらまけば、その目撃情報ごと抹殺できるというわけだ。レスターが不可解に意識を失ったのもそれが原因で、妖精と出会っていたせいと考えることはできるだろう。
アシュリーはそう説明する。
「……なるほど。いや確かに、妖精の目撃情報の異様な少なさを思えば、なかなか信憑性のある話だ。素晴らしい! まさに君の力がなければ絶対に知り得なかったことだな」
興奮するとレスターは早口になるらしい。誰に返事を求めるわけでもなく、一人でぶつぶつと呟いている。
「いいな面白い! 僕は戻ってもう一度情報を整理しよう、邪魔したな!……ああっと、この資料も持って帰らなくてはな」
一方的に話すだけ話して、嵐のようにレスターは去ってしまった。
「……なんかすごく、癖のある方ですね?」
「まあ悪い人ではない。この学園の魔法使いの中では、まだマトモな方だと思う」
レスターが手をつけなかったマドレーヌを半分に割る。それを分け合って、2人はいつも通り活動を始めた。
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