ようこそ、伝承研究会へ!
渡月ミヨ
第一話 ようこそ、伝承研究会へ
アストルム魔法学園は、この国でも有数の魔法士養成機関だ。国中から才能溢れる若者が集まり、日々魔道の探求に勤しんでいる。
「ここが、赤銅塔……?」
赤レンガで建てられた建物の前で、アシュリーはそう呟いた。
小柄な少女だ。淡いピンクベージュの髪は、夕暮れの空を彩る薄雲を思わせる。柔らかそうな癖毛は二つに分け、三つ編みにして両肩に流している。蜂蜜色の瞳が、くりくり興味深そうに動いた。
ここが目的地で間違いない。それを確かめ、アシュリーは中へ踏み込んだ。
「あら、新入生? うちの研究会に興味はある?」
「我が研究会ならば、実戦魔法の授業にも活きること間違いなしだよ!」
先輩らしき生徒たちが声をかけてくるが、アシュリーはどの研究会に入るかもうとっくに決めているのだ。彼らの勧誘を笑顔でかわし、最上階の一番奥へ。
他の部屋と変わらない古びた木の扉に、「伝承研究会」の看板が確かにかけられている。
中に入り、頭を下げてお行儀良くお辞儀した。
「初めまして! 1回生のアシュリー・バードです」
顔を上げて捉えた室内には、男性がたった一人だけいた。少年と呼ぶには大人びて見えるが、制服から判断するに3回生のはず。アシュリーとは1、2歳しか変わらない。
精悍な顔つきで、体格も恵まれている。さらりと癖のない黒髪からは、ザクロのように赤い目が覗いている。
しかしそれは片目だけ――彼の左目には、眼帯がつけられていた。
(怪我でもしているのかな……?)
一瞬目が吸い寄せられてしまうが、失礼だろう。彼の右目にしっかりと焦点を絞って、アシュリーはにっこりと微笑んだ。
「よろしくお願いします!」
「……ああ、よろしく。ようこそ、伝承研究会へ」
感情の起伏がほとんどない淡白な声音だった。視線もアシュリーの靴先に向いていて、目が合わない。言葉とは裏腹で、アシュリーを歓迎していないようにも見える。
しかしそれでも、「……座ってくれ」とソファーに促してくれた。だからアシュリーも素直に従う。
部屋の中央を占領する、革張りのソファーにアシュリーは身を沈めた。本来ならアシュリーは一生お目にかかれないような高級品だろう。
部屋は小さな講義室くらいのスペースはありそうだが、すべての壁に本棚があって実際よりも手狭に感じられた。天井まで届くような本棚が林立して、それでも収まりきらなかった分が床や奥の書机に積まれている。
「すごいですね……! もしかしてこの本は……?」
「ああ。ここで主に研究されている……各地の伝承、民話、おとぎ話。それを集めた文献ばかりだ。稀少なモノも多い」
「先輩は、これを全部読んだことがあるんですか?」
「まさか」
声音にほとんど変化はないが、それでも彼が笑ったのは伝わった。視線は変わらず絡まないままだけれど。
「半分ほどだけだな。うちに入会してくれるなら、君も自由に読んでくれていい」
「入会します!」
「ちょっと待て、早くないか?」
即答するアシュリーに、彼がかすかに目を見開く。
「まず説明することが色々……うちがどんな活動をしているか、知っているか?」
「伝承やおとぎ話を読んだり……集めたり?」
「アバウトだな」
彼は苦笑する。しかし嫌味な感じもなくて、純粋に
「せっかくの学園生活だ、研究会は慎重に決めたほうがいい」
そう言って、壁際の本棚から一冊の本を取り出した。かなり年季の入った分厚いノートで、「活動記録」と記されている。
「ただ伝承を読むだけじゃない……そこから何かを読み取ってこそ研究なんだ。たとえば、伝承でしか存在の確認できない創作魔法が再現できないか試したり、あるいは古代文明の有無や所在を文献から推定したり……そういう多様な学問に繋がる」
真剣な顔つきだ。静かな瞳に、彼の熱意が窺える。
「主な活動内容としては……週に何度か集まって、資料を読んだりそれに関する考察をしたりだな。長期休みには、実際に地方へ赴いてフィールドワークを行うこともある……どうだ? 地味な側面の方が多いぞ」
「ばっちこいです!」
先輩としては、この研究会の華やかでない側面を教えてくれたつもりなのだろうが、アシュリーにとってはどれも魅力だった。というか、この膨大な本を自由に読めるというだけで、どんな対価を払ってもいい気がする。
彼もアシュリーの目の輝きに気づいたらしい。「……なるほど、俺が君の熱意を甘く見ていたらしい」と呟く。
「なら、そうだ。俺が入会したときにやった軽い調査を、君もやってみるか?うちがどんな研究会か、知るきっかけにはなると思う」
「ぜひやってみたいです……どんなのですか?」
起伏のない声のまま、淡々と彼は告げる。
「この学園に伝わる、七不思議の調査だよ」
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