ハレオト♪ ―青春ガールズバンドストーリー

まほ@ハレオト

ハレオト♪ 第1話 大葉まほです!

「まほー!早く支度しなさいー!置いてっちゃうわよー!」

階段の下から、お母さんの声が響く。


「はーい!ちょっと待ってー!もうちょっとで行けるから?!」


鏡を覗き込みながら、まほは「ぱちん!」とお気に入りのカニの髪留めをとめる。

ささっと前髪を整え、「これでよし!」と小さく気合を入れる。


「女の子は身だしなみが大事なのです!」


ひらりとスカートを翻し、勢いよく部屋を飛び出すと、階段を駆け下りる。


ダダダダーッ!「おまたせー!」


玄関で待っていたお母さんが、心配そうにこちらを見つめる。


ドンッ!ガコンッ!


アンプに足の小指を勢いよくぶつけるまほ

廊下の角に置いてあったギターアンプに、まほは勢いよく足の小指をぶつけた。


「いっっったーーーーいっ!!!」

小指を押さえて床を転がるまほ。

「折れたー!絶対折れたやつぅ???!!」


「大丈夫?……このアンプ、お父さんのだけど、さすがに大きすぎるわね。そろそろ処分しないと……」


お母さんがため息まじりにアンプをガラガラと奥へ押しやる。


「んぐぐぐ……」


なんとか立ち上がったまほは、厚底のスニーカーを引きずるようにして玄関を出た。


春先のヒンヤリとした空気がまほを包み込み、頬を撫でる風に桜の淡い香りが混じる。

空を仰ぐと、雲一つない青がどこまでも広がっていた。


その気持ちよさに痛みも忘れ、いつの間にか心がふわっと軽くなる。


駐車場では青いミニバンがエンジンをかけて待っていた。


「足、大丈夫?」

お母さんが玄関の鍵を閉めながら声をかける。


「うん、もう大丈夫」


まほは伸びをして、澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込んだ。


運転席にお母さんが乗り込む。まほも助手席に腰を下ろし、シートベルトをカチッと締める。

車がゆっくりと発進する。


春先の三分咲きの桜が並ぶ桜並木を、車はゆっくりと進んでいく。

まほはぼーっと窓の外を見ていた。ふと、楽器を背負った女子学生が2人、並んで歩いているのが目に入った。



「ギターかぁ……」

思わず言葉が漏れる。


「あの子、弾けるのかな。すごいな……」


「まほはギターやらないの? お父さん、まほにギターやってほしがってたのよ?」


「え?そうなの?」


まほが母を振り返ると、お母さんは頷いた。


「そうよー。亡くなる前に、“いつかまほが弾いてくれたらいいな”って言ってたわ」


続けてお母さんは言う。


「お父さんが大事にしてたギター、まだ残ってるでしょ? 誰かが弾いてあげないと、楽器もかわいそうよね」


まほの父はギタリストだった。まほが小さい頃、不慮の事故でこの世を去った。

今日はその十回忌で、お墓参りに向かっているところだった。


「お父さんが昔使ってたギター、まほが弾いてくれたら……きっと喜ぶと思うな」


お母さんはちらりとまほの顔を見て、また運転に視線を戻した。


「そうかなぁ……」


まほは窓の外を見つめながら、ほんの少し目を細める。

お父さんがそんなふうに思っていたなんて、初めて聞いた。

胸の奥に、ほのかな温かさと懐かしい顔が浮かんで、少しだけ切なくなった。


「お父さん、どんなギター使ってたの?って聞いても……わからないか」


「たしか……“ポールがいなくなった”みたいな名前だったような……」


「ポール……?」


まほはスマホを取り出して検索する。


「(ポール ギター……ポールがいなくなった……レス? あ、レスポール? これか!)」


まほは画像を母に見せる。


「そうそう、これ! レスポール! 色は違ったけど、こんな形だったわ、たしか」


「(ポールがいなくなった、ねぇ……)」ぷっ


ちょっと吹き出すまほ。

母の突拍子もない言い方が、なんだかんだ好きだった。


「実は、“まほ”って名前も、そのギターから取ってるのよ」


「え?そうなの?」


知らなかった事実に、まほは目を見開く。


「小学校の頃、“まっすぐに帆を立てて進む”って意味だって聞いたけど……」


「それもあるけどね。もう1つ隠れた意味があるのよ」


そう言って、お母さんはふふっと笑う。


「えー!なに? 嫌な予感しかしないんだけど……」


まほも、内心では「まっすぐ帆を立てて……の意味」にはちょっと違和感を抱いていた。

“まほ”は「真帆」じゃなく、ひらがなだったから。


「お母さんもあとで聞いたんだけどね。あのレスポールっていうギターに使われている木がどうとか?」


「え? ……うそでしょ?」


「しかも、まほの大好きな“カニの髪留め”、あれとセットなのよ?」


「え? どういうこと??」


小さい頃、お父さんからもらったカニの髪留め。お墓参りにはいつもそれをつけていた。


「たしか……ギターの木の名前だったかな……」


母は指を口元にあてて、考える仕草をする。


「やめてよっ!」

まほはスマホで慌てて調べた。


「(レスポール 材質……メイプルトップ……ボディ材、マホガニー!?)」

「(まほ+かに=……マホガニー!?)やばいっ!うそでしょ、うそでしょ、うそでしょ!?」


「あはははははは!たしかそうだったと思うわ?」


大笑いするお母さん。


「(マホガニーのタイプ……オオバマホガニー!!)いっ!!!!」


「(うちの名字大葉+まほ+かに)オオバマホガニー!!!超恥ずかしい!!なにこれ!ダジャレ?」


「やだーーーっ!絶対ギターなんてやらないからーーっ!!」


そう叫ぶまほの声をのせて、車はゆっくりと坂を登っていく。


その先には、父が眠る墓地があった。

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