第16話 OKサイン

 健斗は、3日間ギリギリまで考えてゆなのプロポーズを了承することにした。子どもを育てられる自信はあまりなかったが、結婚願望がないわけではなかったのだ。あの難破師のような男が彼女に馴れ馴れしく話しかけているのを見て何だか無性に腹が立ったのだ。それは彼がゆなのことが好きだからだということにあとから気づいた。本当の気持ちを伝えると、彼女は子どものように喜んだ。これは、田村ゆなにとっての初恋だった。幼少期から障害が重かった彼女は、周囲からは不気味がられていたのだ。よって、すべてを受け入れてくれる人が出てきたのは彼女にとって初めての体験だった。結婚の手続きをして住む家を整えると、健斗は彼女に聞きたかった質問をぶつけてみた。

「失礼を承知の上で聞かせてもらっても良いかな。もしも、もしもだよ、子どもを産める身体だったら、君は子どもを産むかい。」

「そうね。産みたいかも。でも、今の症状で産んだらこの障害が子どもに遺伝するかもしれないもの。自閉症スペクトラム障害と統合失調症は既に治療法が確立されたけれど、私の病気は原因も分かってないし、まだ名前すらついてない。そんな危険なものが万が一子どもに遺伝したらと思うと怖くて。だから産めないわね。それに、あなたには言っておかなくちゃね。」

そう言うと、彼女は静かに服を脱いで自分の肌を晒した。全身が傷だらけの皮膚がそこにあった。なるほど、これが幼少期に受けた虐待の跡というわけだろう。見るのも痛々しいくらいくっきりと傷が残っている。

「分かった、分かったよ…」、健斗はそれ以上深くはわけを聞かなかった。

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