第3話


 ガタガタな山道を有らん限りの全速力で進んでいく。

 いつになったら止まるんだよぉ!!

 足元に気を配りながらも、背後に一瞬頭を向けると、一向に変わらぬ速度で迫り来る触手達。

 「なげぇわぁ!」

 何でこんなに長いんだよ。

 かれこれ体感で十分は走ってるわ。

 幾らバケモンにしてたって長過ぎんだろ!

 「…はぁはぁ…ふっ…ふぅぅぅ…う!?」

 振り向いた時、一瞬後ろの触手が止まった様に見えて、止まったか!?、と思って息をつかうとした瞬間にまた伸びてきやがった。

 なんでフェイントかけてくんだよ触手がぁ。

 もう、足限界なんだよクソッタレぇぇ。

 ていうか!この触手どう考えたって目ぇ付いてねぇだろぉ!

 何なの?こいつ?

 目ぇ無いじゃん。

 何で俺の事追ってこれんだよぉ。

 文句は言いながらも、必死に足を動かし続ける。

 クッソいつになった…ら…。

 「あっ…」

 頭の中で文句ばかり言っていたせいか、不注意でつま先を突き出した木の根にぶつけてしまった。

 かなりの加速の付いていた身体は、物理法則に従って正面に吹き飛んでいく。

 「があぁぁぁぁ」

 痛え!

 つまづき身体の転がった先は、パッと見45度はあるんじゃ無いかと思える程の坂だった。

 より一層加速を付けて坂を転がって行く。

 頭をぶつけ、腰を打ちつけ、足を捻る、それでも、決して抱えたカミカゼを離さない。

 「離してなるかぁぁ!!」

 酒代は離さんぞぉ!!

 加速を続ける身体は、より勢いを増していく。

 迫る触手を気にする事も出来ない。

 と、言うより物理的に出来ない。

 回転によって視界はもう既にままならなくなっている。

 もうどうにでもなれぇ!!


 「あ?…っ…痛って」

 此処は…?

 目を開けると、変わらない森の中で、木に後頭部を押し付ける様な姿勢になっていた。

 ああ、そうだ。坂で転がってたんだっけか?

 そんで転がって…。

 …うっ。

 頭の裏が痛え。

 頭を打ったのかと右手を後頭部に回してみると、ぐっしょりとした液体の感覚が手に染みつく。

 うげぇ。

 手の平を目の前に持ってくると、手には大量の血が付いていた。

 通りで痛いわけだこりゃ。

 まあ、生きてたし。万歳か?

 左手にはしっかりとカミカゼも握られていた。

 酒台は無事、と。

 頭も冴えだし、倒れていた姿勢からゆっくりと身体を起こす。

 そういやあ、あの触手はどうなったんだ?

 森の中を見える範囲で一瞬見回してみたが、触手の化け物がいる様子は無い。

 逃げ切れた、のか?

 信じ切れずに一度目を閉じて、目を開けてもう一度辺りを見回したが、やはり触手の気配は無い。

 「はぁぁぁぁーー」

 ようやく危機が去り、安堵感感から途轍もない程に大きなため息が漏れた。

 喉は乾き切っていたが、こういう時はため息を吐かねばやってられないのだ。

 ただ、時間も惜しい。

 早く森を抜けて道路を探そうと、方角も分からない森の中に歩みを進める。

 あの生物は一体何だったのだろうか?

 目の前の危機がさったお陰か、疑問に思っていた事がようやくとぶり返した。

 あのキノコは一体なんだ?

 あんなもん見たこともねえし聞いたこともねえ。

 まずまず、地球にあんなキノコいたらとっくにニュースになってるわ。

 いや、俺が知らないだけなのか?

 初めて発見した未知の生物への考察を続けながらも、道路を求めて歩みを進める。

 それに、この手元のキノコすら知らんぞ?

 尻のポケットから握り出した白いキノコは、力を込めると勢いよく胞子を飛ばす。

 何度か強弱を変えて掴んでみるが、その度に勢いを変えるので、やはり面白い。

 俺が無知なだけなのか?と思いながら歩みを進めていると、遠目に少し開けた場所があるのが見える。

 その奥には、家の形状をした人工物も確認することができた。

 家だ!

 道路に出るよりも先に家を見つけるとは思っても居なかったが、人の気配にズンズンと山道を進んでいく。

 ようやく人と会える!

 あわよくば酒を!……ダメだな。先に家に帰るのが先だな。

 帰ったらクビになってるかも、なんて思いながらも助かった気でいる思考を追い払い、開けた場所に近づいて行く。

 まだ人が居ると決まった訳じゃ無いからな。

 人への期待と共に進んだせいか、直ぐに開けた場所に出ることが出来た。

 だだ、

 …家?だよな?

 目の前には、コンクリートや鉄筋なんて全く入っていないと、見ればわかる様な古臭い木小屋があった。

 どう見たって手作り感が半端ないのだ。

 屋根の上ら瓦でも無く釘だけの固定、所々歪んでいる様に見えるし、建物全体のバランスが悪い。

 建設バイトをしていただけの身の自分でも、素人が作ったのは丸分かりだった。

 人…居るよな?

 不安に思いながらも、古臭い横スライドのドアを三回程叩いた。

 「すいませーん。誰か居ますかー?」

 もう一度ドアの叩いてみる。

 「すいませーん。誰か居ませんかー?」

 少し強めにドアを叩く。

 「居ないんですかー?A〇azonですよー」

 三度目の正直でふざけてみたが、ダメだった。

 居ない…のか?

 喉は乾いてるし、なんとか飲み物ぐらいは欲しいんだが…。

 流石に家に入るのは…。

 ドアに手をかけかけたが、脳裏に不法侵入という文字が浮かび上がり、手を離す。

 でも、何か飲まないとそろそろ死にそうだしな。

 うっ。

 「ゴホッ…ゴホッ」

 乾燥しきった喉は、ほぼ限界に近い。

 こんなに古臭い家なのだから、井戸でもあるんじゃ無いかと思い、家の周りを探ってみると、家のちょうど真後ろ辺りに小さな井戸があった。

 仕方…ないよな。

 少しだけならバレないだろう。

 滑車式の井戸で側にあったバケツを下ろす。

 井戸の底からはポチャリという音が聞こえ、重く感じる紐を力強く引っ張って行く。

 ようやく上がったバケツを精一杯持ち上げ、地面に少し溢しながらも、乾いた喉の奥に流し込んだ。

 ああ…癒されるー。

 「…ブッ…ゴホッ…」

 勢いよく飲んだせいか、気管に水が少し入った。

 井戸の前で何度か息を整えて、ようやく飲めた水と、井戸の所有者に感謝の念を送る。

 ああ感謝するぜ、どこの誰かも知らない人。

 「おいお前、そこで何してんだ?」

 突然の声に、反射的に身体が飛び跳ねる。

 ウオッ…ビビったー。

 一人芝居の様に感謝の念を送る中、背後から突如聞き覚えのない低い男性の声が聞こえてきた。

 突然の声に驚きはしたものの、この井戸の所有者かと思い、感謝と謝罪を言おうと振り返ろうとすると。

 「おっと、止まれ。振り返るな。そのまま手をあげろ。剣は地面に置け」

 振り返ろうとしたところ、肩を何か棒の様な物で小突かれ、カミカゼを地面に置き前を向く。

 何故?

 疑問に思わなくも無いが、何か怒らせてしまったのかと思い、素直に手をあげる。

 「えっと…あの…すみません。井戸の水を飲んだ事は謝ります。ただ、すごく喉が渇いていて……」

 これは…勝手に飲んだ事を怒られているのか?

 取り敢えず、謝罪と弁明理不尽に怒られている時にはこれに限る。

 まあ、今回はどう考えても俺が悪いが、まあ許してくれるだろう。

 ん?

 ああ、違えわこれ。剣持ってたからか?

 そりゃ警戒するわな。

 「そんな事はどうだっていい。何故此処にいる?どうやって此処に来た?」

 …違った?

 が、どうやって?か。

 そんなの俺が聞きたいわ。

 「いや…それが俺も分からなくて、迷子と言いますか。意図して来た訳じゃ無いんですよ」

 明るい声で、警戒されない様に喋る。

 こんなとこ誰が好き好んで来ると思ってんだクソがッ。

 「迷子?…そんな嘘が通じると思ってるのか?此処は普通の人間が来るところじゃ無い。第一、赤食キノコの幼体なんてポケットに入れて、一体何するつもりだ?」

 赤食キノコ?

 キノコって…尻のポケットに入れてたあれか?

 赤…では無いだろ。

 成長したら赤に何のか?

 うわ、嫌なの思い出したわ。

 触手キノコの事が一瞬頭によぎった。

 ん?

 待てよ。

 後ろの奴、普通の人間、って言ったか?

 いや…人間なのは普通だと思うが…?

 もしかして…さ?

 可笑しなキノコに、人間の言われよう、空を飛ぶ赤黒い何か、落ちていたカミカゼ、うーん。

 あまり本を読まない俺でも分かるぞ。

 「すいません…一様聞きたいんですけど、此処って地球だったりします?」

 軽ーい感じで聞いてみる。

 「地球…?そんなもの聞いたことも無いぞ。それに、ここはヘイトウ林の南側だ。人間が来る場所じゃない。

 あっ。

 察したわ。

 少しだけ頭を曲げて後ろを見、背後にいる男の姿を確認する。

 「おい!動くなと言ってるだろ!」

 男の声が聞こえるが、構わず男の姿を確認する。

 うん。

 緑ーーー。

 所々の身体の部位がトガゲの鱗の様になっている歳のいった白髪混じりの五十過ぎ程に見える男が、俺に向かって槍を向けていた。

 服装は何処かの民族衣装を彷彿とさせる。

 俺の背中小突いてたの槍だったんだぁ…。

 ……。

 ファンタジーじゃねぇかよクソッタレがぁぁ!

 「コンビニねぇじゃねぇかぁぁぁぁ!!」

 酒が飲めねぇぇぇぇぇぇぇ!!

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 



 

 

 

 

 

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