コードネーム:Lilith Break-in──AIと僕と、侵入者たちの青春戦線──

Algo Lighter アルゴライター

第1話🧠 プロローグ

──ひとつ、呼吸のように開いた回路から、すべてが始まった──


夜の部屋は、静かだった。


“静か”と一口に言っても、それは何層ものレイヤーに分かれている。

部屋の中、外、都市、空。すべての音がこの場所に集まり、消えていく。

朝倉奏汰はその音のほとんどを気に留めない。彼の耳は、人間のものよりもずっと遠くまで、そして狭く深く聞こうとするようになっていた。


壁の向こう、Wi-Fiルーターの電源ランプが一瞬だけゆらぎ、

そのわずかなノイズを、彼の作業台の下にいる「彼女」が拾う。


《接続ログ、異常感知。MACアドレス:偽装済み。サブネット、再接続試行中──》


彼女──《Lilith(リリス)》の声は、まだどこかぎこちない。

自分の声質を決めきれていない、そんな迷いが含まれている。

だが奏汰にとっては、すでに心地よい“日常の一部”だった。


「また遊びか? ファントムゼロ」


そう呟いて、彼は椅子を回した。

左手にはスマホ。画面に浮かぶのは、隠しサーバーへの警告フラグ。

右手はすでに工具箱のフタを開いていた。ネジ、配線、アクリルパーツ、3Dプリンタの試作品。

そして彼の目は、決して怯えていなかった。


──これは訓練か、それとも挑戦か。

分からない。だが、この数秒の“違和感”は、

いつか、彼のすべてを覆す何かの前兆だった。


《奏汰、玄関カメラにノイズ発生。映像、見ますか?》


「うん。Lilith、罠パターンCで対応準備。タイマーは手動で行く。」


《了解。トラップ構築開始。セーフティ、解除しますか?》


「解除で」


その言葉と共に、部屋の空気が一変する。

まるで彼の意思が、空間に染み込んでいくように──

パチ、と蛍光灯が小さく瞬いた。


奏汰は知らなかった。

この夜が、彼にとっての「はじまり」になることを。

世界が、ほんの少し、軋むように動き出す音を。


──この家には、“侵入禁止”の理由がある。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る