君は妹の曾孫~妹を追って異世界転移~

川崎俊介

第1話 異世界転移

 俺の妹、九条葵が死んだのは、三年前の冬だった。


 通り魔に刺され、その場で即死。


 魔術を極めていたというのに、俺には何もできなかった。


 星読みを極めていたのに、凶兆に気付くこともできず。

 感知魔法を極めていたのに、妹の危機に気付くこともできず。

 攻撃・防御魔法を極めていたのに、暴漢を倒すこともできず。

 治癒魔法を極めていたのに、妹を救うこともできなかった。


 何もかも足りなかった。


 仕方がないと言えばそれまでだ。だが、俺はそんな言葉が嫌いだ。


 あれから三年。


 俺はもっと鍛えたし、装備も整えたし、使い魔も増員した。妹を守るために必要だったことはなんでも準備した。


 足りないのはただ、愛する妹の存在だけだ。


 どうすればもう一度、葵に会えるのだろう? 葵を取り戻せるのだろう?


 そんなとき、魔術協会に伝わる古文書で、第八異世界には死者蘇生の技術があると書いてあった。


 第八とは、八番目に存在が確認された異世界という意味だ。


 ならば、そこに行くしかない。行って葵に再会する。そんでもって、次は完璧に守り通す。


 そのためだけに、俺は第八異世界に行く秘術を編み出した。


 名付けて【ゲート魔術】


 こうして第八異世界に繋がるゲートをどうにか穿ち抜いた俺は、満を持して第八異世界に足を踏み入れた。


        ◇

「行ってらっしゃい、ユーク。学院でも元気でやるのよ」


「ありがとうございます、母上」


 第八異世界に着いてから一か月。


 俺こと九条俊一は、下級貴族のイーゼルベルク家全員に洗脳魔法をかけ、魔術学院への出願手続きを終えた。ちなみに、ここの一家は、俺のことを次期当主のユーク・イーゼルベルクだと誤認している。そんな人間は存在しない。


 まぁ身元を保証してくれる人がいればいいので、誰でもよかった。


 ここは魔法が存在することは現世と共通のようだ。だが、今までいた世界とは違い、魔法の存在が公になっている。誰もが魔力を持ち、研鑽し合う世界のようだ。

 滅茶苦茶な世界観じゃなくてよかった。


 一か月過ごして分かったことだが、剣と魔法のファンタジー世界であることに違いないらしい。


 魔術師たる俺には好都合だな。


 俺は別に魔術師の家系の出ではない。だが現世では、ヴァイオリンの稽古と称して、師匠から魔術を習っていた。さすがにヴァイオリンが弾けていないと家族に怪しまれるので、そこは聴覚を支配する魔法で誤魔化してきた。


 師匠は裏世界では高名な魔術師らしく、ありとあらゆる技術を俺に叩き込んでくれた。


 だからこうして、第八異世界でも適当な家に取り入り、家族のふりをすることもできたわけだ。


「さて、ショートカットしますか」


 大きめの鳥が飛んでいたので、俺は適当に精神支配をかけ、王都まで乗せて行ってもらった。


「おい、ちょっとあれ……」


「なんでガルーダを従えられているんだ?」


 着陸した瞬間、群衆が集まってきた。そんなに珍しい生物なのか?


「さぞ高名な家の出とお見受けします。名はなんと?」


 群衆の中から、一人の少女が進み出て訪ねてきた。褐色の肌に緋色の髪。歳は俺と同じ十六歳前後だろうか? 黒のマントを着ている。なかなか目立つ格好だ。


「ユーク・イーゼルベルク」


 俺はそうとだけ返した。


「イーゼルベルクだって?」


「あの田舎貴族に、あの怪鳥ガルーダを従えることなんてできるのか?」

 どうやらあのデカい鳥を従えるのは高難度だったらしい。それで皆驚いていたのか。

「私はエレクトラ・ガヴラス。まだ入学試験前ですけど、あなたのような才能あふれるお方とお会いできて光栄です」


「そりゃあどうも」


 俺は素っ気なく返した。周りからの責めるような視線が痛いが、どうでもいい。俺はここに友だちを作りに来たんじゃないんだからな。


「では、また」


 エレクトラは背を向け、引き返していった。


 だがその後ろ姿を見て俺は驚愕した。


 デカデカと描かれたアルファベットのSのマーク。その周りを縁取るブドウ唐草模様。


 間違いない。


 葵の通っていた曙光学園の校章だ。


 俺は思わず声を出しそうになったが、慌ててこらえる。


 下手に動けば事態を悪化させかねないと考えたからだ。どんな経緯を経て、葵の高校の校章が異世界の貴族のマント生地に流れ着いたのか分からない。謎が深すぎる。


 などと思案していると、エレクトラは青い閃光と共に姿を消してしまった。


 背後でとてつもなく大きな力が動いている気がする。うかつに動けない。


 だが、かといって後手に回るつもりもない。


 この中央魔術学院の禁書庫に、死者蘇生の秘術が隠されていることは調べがついている。


 その情報を得るために、一か月間も田舎貴族の家で情報を集めてきたのだ。


「虚深(そらみ)。奴をまだ捕捉できるか?」


 俺は自分の影に対して問いかける。


 虚深は俺の使い魔だ。普段は俺の影の中に隠れているが、逆に暗い所ならどこへでも潜入できる優秀な諜報役でもある。シャイガールなので、滅多に姿は現さないが。


「大丈夫だよ。ちゃんと追ってる。学園の結界内に入っただけ。三日もすれば決定的な弱点を見つけられると思う」


 頼もしいな。


「今回はそこまでしなくていい。ただ、葵に繋がる情報がないかだけ調べてくれ」


「了解」


 虚深は影の中へ消えていった。


 なぜ死者蘇生の秘術を求めてやって来た異世界で、葵の痕跡を見せられているのか? 謎は尽きないが、ここは慎重に動こう。

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