始まりの魔王と終わりの勇者 ~ふびんな天然最強勇者の僕が、猫になった最凶ワンオペ魔王さんと、大陸を救う旅に出た――食べて戦って呪われて恋もする、ハチャメチャな144日間の記録~

式見 汀花

プロローグ(という名の最終決戦と真実)

第1話 最終決戦 魔王城 #1

 ――僕は、どうしてこんなところにいるんだろう?


 大陸の極北に位置する魔王城の最上階――地上五階の最深部にある巨大な扉を前にして、誰にともなくひとりごちた。

 その問いに答えてくれるものは、誰もいない。

 僕は、ぐるりと周囲を見回した。


 魔王城の内部は、真っ黒で刺々しい外観とは裏腹に、中身はよくある城の内装とほとんど同じだった。

 廊下には、永遠に燃え続ける蝋燭ろうそくが灯された燭台しょくだいが飾られているし、天井からは巨大なシャンデリアがぶら下がっている。だから、暗くもない。


 見渡すと、やはり、誰もいない。点々と魔物たちの死体が転がっているだけだ。

 人間なんて、僕以外に誰もいない。いるわけがない。

 だから――問いに答えてくれる人もいないが、その答えが本当に分かっていないわけではなかった。

 目を閉じて、自分の目的を心に思い浮かべる。


 十五歳の誕生日に王城へと召喚され、勇者として魔王討伐の命令を受けた日から、もう二年と半年ほどが経つ。

 そしてようやく、ここまで辿り着いた。


 仲間も連れずにたったひとりで、ここまでやってきた。長かったような、そうでもないような――いざ、旅の終わりが目の前にあると思うと、妙な感覚だった。


 魔王討伐の旅が終わってほしくない、という気持ちは、さらさらない。

 むしろずっと旅をしてきたのだから、早く終わらせて家に帰りたい。

 だが、手ぶらでは決して、帰れない。


 この手で魔王を討伐し、その証拠を手に王城へと戻る。そうすることでしか終われない旅なのだ。それはよく分かっている。


 自分は勇者だ。魔王を倒して、大陸に平和をもたらさなければならない。


 最後までやりきらなければ、道中葬ってきた魔物たちも浮かばれないだろう。

 魔王が僕に倒されれば草葉の陰から諦めも付くだろうし――もしくは僕が負けて死ねば、彼らは大喜びできるはずだ。どちらにしろ、戦わねばならない。


 息をひとつついて、僕は腰にさげている剣を意識した。勇者にしか扱えない、という至高の剣だ。


 大昔のすごい剣術家だか剣豪だかが振るっていた業物だという。僕がこれを発見したときはボロボロに錆びていて、しかも真っ二つに折れて柄だけになっていた。

 大陸中を旅する途中で刀身も見つけ出し、さらに大陸一の名工といわれていたがすでに現役を退いた飲んだくれのおじいさんを生き別れた息子と再会させて説得して打ち直してもらった――そういう剣だ。


 この剣を手にするだけで一年近く掛かってるんだよなー、とぼんやり思う。身につけている胸当て、篭手、すね当てなどの防具も勇者しか装備できないという逸品で、これを見つけるのに妙な仕掛けだらけの洞窟を半月近く飢餓状態で彷徨う羽目になった。


 他にも色んな出来事イベントがあったが。今となっては、苦笑ひとつで受け流せる。


 とにかく、僕はやらないといけない。

 この手で、魔王を討伐して――この大陸に平和をもたらすのだ。


 自分に言い聞かせて、巨大な扉に両手を添えた。全身の力で、押し開ける。

 それほど強く押したわけではないが、扉は一杯に開いていく。


 開けた空間を前に、僕は、先を見据えた。

 魔王城、玉座の間。長い長い、赤いカーペットが玉座まで伸びている。

 豪華な玉座までの距離は、三十メートルほどだろうか。やや薄暗いが、そこにおわす魔王の姿が見えた。


 ももの上に黒猫を乗せ、それを撫でている。

 片手にはワイングラスのようなものを持っている。なにか赤黒い液体でそれは満たされているようだが、人の生き血かなにかだろうか? それか単に、酒だろうか。

 観察していると、魔王が声をかけてきた。


「待ちくたびれたぞ、当代の勇者よ。雑魚どもに手傷を負わせられたわけではあるまい。ここまで来て、まさか怯えたわけでもあるまい。こちらへ来るがよい」


 少し低めだがよく通る、綺麗な女性の声だった。


 それを認めて、僕は小さくうなずいた。それから、カーペットの上を進んでいく。


 魔王の言う通り、手傷を負っているわけでも、怖じ気づいたわけでもない。

 旅を終わらせ、平和を迎えたいという気持ちに、偽りはない。

 僕はカーペットを踏みしめつつ、左右に目を配った。


 玉座の間は、想像とは違い、とても清潔なようだった。

 イメージでは、人間の骨や肉片などが転がり、髑髏どくろやらで飾りたてられ、魔王が愛でる醜悪な魔物が跋扈ばっこしているのではないかと思っていた。

 しかし、この玉座の間も典型的な内装をしている。それらを認めつつ、僕は魔王の玉座の手前、十メートルほどで足を止めた。


 魔王は、僕を見てふっと笑ったようだった。


「ずいぶんと若いな。小僧、歳はいくつだ?」


 そういう魔王も、ずいぶんと若いように見える。少なくとも千歳には見えない。

 この大陸を支配しようと目論む邪悪な魔王は、千年間この大陸に君臨し続けて、休むことなく人々を苦しめてきた。そう聞いている。


 だが、玉座に座るのは、艶やかな黒髪を腰のあたりまで伸ばした美女だった。見た目の年齢は……たぶん、三十代か、それよりももうちょっと若いだろうか。


 刃物のように鋭く細められた目。その瞳は、宝石のように赤く輝いている。

 冷笑を含んだ唇も赤い。

 肌の色は、透き通るように白い。

 総じて、絶世の美女、と評して構わないような、そんな具合だ。少なくとも僕は、こんなにも綺麗な人を、見たことがなかった。


 ともかく、観察は一度中断して、僕は答えた。


「今年で、十八です」

「なるほど。今までも、稀にいるにはいたか。わざわざ、若い命を散らすために我が前にやってきた、自称勇者の愚か者がな」


 声は、余裕たっぷりだった。貫禄もあり、声を聞いていると確かに、これが魔王か、と思わせられる説得力に満ちている。

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