(26)墓参り
数日後、一家で恒例のお盆の墓参りに行く。ヨウスケの家の墓は、京都市内の北の方の山の中にあった。この墓地は、霊園の入口までは車で行けるが、そこからは割合きつい坂を数分歩いて登らなければならない。入口の駐車場にヨウスケ一家が到着すると、すでに見覚えのある軽自動車が止まっていた。
ヨウスケの祖母、父の母の車であった。車の中では、ヨウスケの祖母が早速ヨウスケたちを見つけて、手を振りながら外に出てきた。
「おばあちゃん、早く着きすぎてしもた。アズサ、久しぶり。元気にしとったか?」
大学入学祝い以来の再開に、嬉しそうに孫娘を見る。
「うん、元気やで。おばあちゃんも元気そう」
アズサも嬉しそうである。
ヨウスケの祖母は琵琶湖の北のほうに一人暮らしをしている。祖父は早くに亡くなっていて、祖母は、祖父が亡くなった後ヨウスケの父を一人で育てた。もともとは大津のヨウスケの家が自宅だったが、父が結婚して、アズサとヨウスケが生まれ、アズサが高校に、ヨウスケが中学に入ったころ、自分の出身である、琵琶湖の北側の地域に戻りたいと言い出した。父はその時、
「え、ずっとここにおって、みんなで暮らしたらええやん」
と、至極当たり前のことを祖母に言ってみたが、祖母は、
「ウチな、若いころおった湖北にまた住んでみたいんよ」
と答えた。息子一家が十分立派に成長したので、あとは任せて旧友に会いたくなったのか、あるいは、息子の嫁に余計な気を使わせないつもりだったのかもしれない。
やはり急な坂を上って、ヨウスケと父が墓の草むしりをし、祖母、母、アズサは墓石の掃除や花、線香を供える。一通り終わって、めいめい墓に向かって手を合わせると、今年の墓参も完了した。帰りは京都市内のファミリーレストランに寄って、親子と祖母で食事をする。
「な、おばあちゃん、疏水の脇て歩いたことある?」
アズサが唐突に聞く。
「京都の疏水か? あれ脇を歩けるとこあったかいな?」
「うん、疏水分線いうて、南禅寺の橋の手前の所」
「ああ、なんや、知っとるよ。結構な速さで水が流れとるところやろ?」
「そう、そこに去年、ヨウスケが落ちた…」
「え?」
「いや、落ちたんやなくて、落ちた想像をして」
「落ちた想像てなんや?」
「ヨウスケがそこを歩きに行って、そしたら、もし疏水に落ちてそのまま流れて行ったら、ずっと鴨川に流れて行って、淀川で大阪湾まで流れていくて想像をして」
「なんやの、それ?」
ヨウスケの想像の話なのに、すっかりアズサが話してしまう。ヨウスケはアズサの隣で黙って聞いていた。
「そんで、その話、ウチ聞いて、なんやけったいなこと考えよる思うたんやけど、なんかその話が気になって」
「はい、ほんで?」
「ほんで、そのあと、お父さんたちと富士山行った時に、…そのそばの大学が気になって、入学しました、てこと」
アズサはうっかり、ヨウスケの想像で自分が大学を選んだことをしゃべりそうになった。
「お姉ちゃんもヨウスケも、変わらんな」
祖母は、姉のアズサも弟のヨウスケも、小さいころから、時々突飛な発言や行動をするのをよく知っていた。それが高じて、大学選びまでするようになったのか、と少々呆れたような感心したような、不思議な笑顔で話を聞いていた。
「ほな、ヨウスケはどこに流れていくんや?」
祖母がヨウスケに水を向ける。ヨウスケは多少面倒くさそうに、
「わからん。オレは大阪湾に出たところで想像おしまいや。お姉ちゃんみたい大学が気になるとかは、ようしいひん」
と答えた。
ヨウスケは家に戻ると、数日前に姉と行った、京都から大阪までの行程の情景を思い出しながら、文芸部の課題の文章をひねっていた。地勢や歴史、現在の風景なども交えて一通り仕上がったので、まだ家にいる姉に見てもらうことにした。
「なんか、旅行の紀行文やな」
姉が辛めの感想を言う。
「ええやん、紀行文かて、課題から外れとらんやろ?」
「そやけど、センセ、OK出すかなぁ。結構きびしい顧問やもんな」
「先輩たちにも見てもらうわ」
と、姉の後輩の文芸部員にも見てもらって、顧問の先生のOKをもらうように努力することになった。
「も少し自分の感想とか心情とか入れるとええ思うで」
「わかった」
姉の指導はなかなか的確だったようだ。
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