(22)アズサの帰省とヨウスケの課題
部活の夏休みの課題は、屋外のなにかの様子を描写する文章を書く、ということだった。ヨウスケは、前の年の連休後に、疏水分線を歩いたことを思い出し、これを書いてみよう、と思い立った。その時の記憶を元に書いても良いが、やはり新しくいろいろ観察してみたい。
ヨウスケの学校の最寄り駅は、前の年、ヨウスケが疏水分線を歩いたときに乗った京阪電車で、大津方面に十分ほど行ったところにあった。学校が夏休み前の短縮授業の時期のある日、ヨウスケはこの最寄り駅から、家とは反対向きの電車に乗って、再び疏水分線に向かった。
たった一年しか経っていないから、疏水分線の景色はほとんど変わっていなかった。前回歩いた時より二か月ほど夏に近かったので、周囲の木々の緑が濃くなっていたぐらいである。前回と全く同じルートを歩いて、こんどはそのまま疏水を追って、有名な「哲学の道」に出た。ヨウスケは、哲学の道を、文字通り思索しながら歩く。昨年は、この後、疏水分線から大阪まで流れていく想像をしたので、今度は流れに逆らって上流に向かい、疏水のトンネルをくぐって、琵琶湖まで行ったらどうだろう?などと考え始めた。とはいえ、このアイデアを課題文に書いたら、文芸部の顧問の先生から、いや、先輩からも、「SF小説を書くという課題ではない」ときっと言われそうである。ヨウスケは、ふと、文芸部の先輩でもある姉に協力してもらおう、というアイデアを思いついた。
姉のアズサは、夏休み、盛夏のころに帰省していた。
「やっぱ、家はええわー」
と、帰省した子供のお約束の言葉を言いながら、姉がリビングのソファでくつろぐ。そこにヨウスケが来て、
「お姉ちゃん、明日ヒマ?」
と尋ねる。
「明日もあさってもヒマや。なんか誘うてー」
と冗談ぽく姉が返事をする。
「オレと京阪で大阪まで行ってくれん?」
と、先日疏水分線を歩いた時に浮かんだアイデアを話してみる。
「なに? 大阪?」
「うん、ちょっと京阪沿いに大阪まで行って、電車の窓からの景色を文章にしたいんや。文芸部の課題」
姉は、自分も所属していた文芸部の課題と聞いて、少し真剣に聞き始める。
「どんな課題?」
「自分の身近な景色を文章にする」
「そか、文芸部で出そうな課題や」
「オレ、大阪行って、梅田のデパ地下のイカ焼き食べたい」
「あんたは、どっか遠くに行くのは、いつも食べ物の話やな」
と姉が笑う。もちろん、たいした予定もなく帰省している姉のアズサは、二つ返事でOKした。
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