(21)進学
翌年の春、アズサは志望した山梨の大学に首尾よく合格した。アズサが想像していた通り、アズサの高校の二年上の先輩に、この大学に進んだ学生がいた。アズサは友達のツテでその先輩と連絡を取り、大学のことをいろいろ教えてもらっていた。住まいは、大学からも駅からも近いところのアパートになった。このアパートは、事実上この大学に通う学生専用アパートで、その意味ではアズサも家族も安心であった。
三月下旬、高校の卒業式を済ませて、アズサは大学のそばのアパートに移った。引っ越しは、父が大きなワンボックスワゴンのレンタカーを借りてきて、後ろの荷台に荷物を積んで、自前ですることにした。実質的に学生向けのアパートだったので、冷蔵庫や洗濯機は備え付けで、引っ越しといっても、持っていくものは布団と食器や調理器具、あとは洋服と学用品ぐらいだった。必要なものがあれば、後で地元で調達するという。そのため、せっかく借りてきたワンボックスワゴンの後ろの荷台は、ほとんど空のようだった。
現地に着くと、ものの一時間程度で荷物搬入は終わり、早速アズサが沸かしたお湯で父娘二人でコーヒーをすすって一息つく。落ち着くと、父が早速「ほな行こか」という。
アズサが入っているアパートは、全部で十数部屋あるのだが、アズサ以外もすべてこの大学の学生だった。なので、父は、昔ながらに、入居の挨拶をするといって、一部屋ごとに図書券を持って回るという。アズサはちょっと照れたが、父から大切なことだと言われ、おとなしくついていくことにしていた。
ちょうどアズサの右側の部屋は在室で、今度二年生になる女子学生だった。女子学生は、アズサを見ると、パッと顔が明るくなるのが分かった。アズサは、この女子学生ならいろいろ教えてもらえそう、とちょっとうれしかった。不在の部屋には、郵便受けに一筆と図書券を入れておいた。
その後、父の車で、連絡を取ってあった高校の二年上の先輩の学生のところにも挨拶に行った。この学生も女子だったので、アズサはアパートの隣の部屋の女子学生と、二年上の先輩にいろいろ相談するつもりでいた。
再びアズサのアパートに戻り、少し荷物を整理した後、また父の車で夕食を取りに行く。国道沿いのレストランでハンバーグステーキを食べるが、父娘とも、母の作ったハンバーグのほうが舌に合った。もう一度アズサのアパートに戻り、アズサを降ろして、いよいよ父が一人で帰る。アズサが涙ぐむのかと思っていた父に、アズサはいつもの笑顔で、
「気ぃつけてな」
と明るく見送る。父の方がなにかこみ上げてきそうだったが、それは抑えて、
「アズサも気ぃつけてな」
と言って帰路に着いた。
父が家に帰ったのは、深夜だった。レンタカーは翌朝返却するので、家のそばのコインパーキングに留める。帰宅すると、母が、父ではなく娘のことを心配するように、
「どやった?」
と聞く。
「予定通りやった。何も問題あらへん」
「そう、よかった」
と、何もないことを確信してはいたものの、母は、実際に無事に引っ越しが終わって父が安全に戻ってきたことを確認すると、それなりに安堵の表情を見せた。
「うまくやって行けるやんなぁ」
「大丈夫やろ。あれで意外に社交的やから」
「そやけどね…」
初めて一人暮らしをする娘を心配する両親の典型的な会話をしながら、父母はアズサの心配と将来の期待を語り合う。
「ヨウスケは大丈夫やんねぇ?」
次は母がヨウスケの心配をする。
「あいつは問題ないやろ。なにしろお姉ちゃんと同じ高校やから」
ヨウスケは結局、姉と同じ高校に進学していた。姉からは、学校では自分のことなど誰も知らない、と言われていたが、そんなことは全くのウソで、姉のアズサは、高校で入っていた文芸部で後輩たちにさんざん弟の話をしていた。弟の良いところをほめたり、うっかり者のところをみんなで笑ったり、弟と仲の良い姉、という姿を見せていた。
なので、姉はヨウスケの入学前にそのことを話して、仲の良い後輩たちのSNSのアカウントを弟に教えていた。おかげで、入学前から、ヨウスケは、姉の後輩、自分から見たら先輩たちと知り合いになっていた。
ヨウスケは、高校だけでなく、学校の部活も姉と同じ文芸部に入ってしまった。姉と同様、ヨウスケもまるっきりの文系で、理工系への興味は全然なかった。入学前から文芸部の先輩たちと知り合いになっていたので、部活では活動も活発で楽しいものであった。課題図書を読んで、その論評をする、要は「読書感想文」を書いたり、自分でエッセイや小説のようなものを書いたりして過ごしていた。
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