(19)大学の見学
「へえ、ここ?」
とアイが言う。これまで何度かこの駅を通過したことのあるアイも、この駅を降りて、駅名の大学に来るのは初めてだった。駅の周囲や大学までの道筋には、アパートがたくさん立っているのが見える。アイが、
「あれ、学生向けのアパートやん。地方出身の子がみんな入るねん。ウチの行きたい大学の周りも、アパートぎょうさん建っとるよ」
と解説する。アズサは、実家から遠い大学に通うなら、どこか大学の近隣に住むのだろう、というぐらいのことしか考えていなかったが、大学の周囲に学生向けのアパートがたくさん建っているということを教えられて、
「へえ、便利やんなあ。こっからだったら大学まで徒歩三分とかやん」
と感心する。三人は駅から数分歩いて大学の正門に着いた。
「どう思う?」
アズサが二人に聞く。
「どうて、まだ正門に来ただけやん」
アイの率直な感想である。
「なんやキレイなとこやんね」
リナは、自分の希望する大津市内の専門学校と比べて、広いキャンパスに感心していた。
「で、ここに来よって、どうするねん」
アイが聞く。アズサは、
「うーん、キャンパス見て、パンフもろうて、…あと学食行くかな」
と、ほとんど無計画で来たことを白状した。
「ま、アズサならそんなもんか」
と、けなすというよりはほめるような感じでアイが同意する。アイやリナは、大学や専門学校の見学やオープンキャンパスに行ったことは何度かあるのだが、アズサは大学というところに来たのは初めてだった。結局、数分後には、「先導者」はアズサからアイに変わって、初めて訪れた大学の中をどんどんと探検するように歩き回った。
八月なので大学も夏休みだが、高校と違って、登校して勉強したり研究したりする学生が目に付く。校舎も大部分は入口が開いている。高校三年生の三人は、旅行用具が入っている大きめのカバンを持っていること以外は、見ようによっては大学一年生に見えなくもない。そのため、初めは恐る恐る、そのうち割合堂々と、あちこちの校舎に入って、内部を観察した。廊下に沿って、ずらりとドアが並んでいるのが高校までとは違う点だが、開いているドアの中をのぞくと、そこは高校よりはかなり広い大教室だったりして、夏休みで無人であるのをいいことに、ちょっと入って椅子に座ってみたりした。
それ以外の閉まっているドアには、それぞれ研究室名の名札が付いている。大学の見学をしたことのあるアイは、
「閉まってる部屋は研究室で、先生とか学生とかおるんよ」
と説明する。アズサは
「へえ、センセと生徒が同じ部屋におるの?」
と驚く。それを聞いて、リナも
「うん、ウチの行く専門学校も、センセのおる部屋に学生さんがいはった」
と続けた。
結局、小一時間ほど大学構内を探検し、本部建物らしきところに入って、受付に高校生だがパンフをもらいに来たと告げると、きれいな表紙の大学案内を一部ずつ手にすることができた。時刻は十一時半ごろになり、まだそれほど空腹ではなかったが、三人とも学生生活では重要であると認識している学生食堂に入って、アズサはカレー、アイはうどん、リナは牛丼、とわざと違うものを頼んで、それぞれ分け合って味見をした。
「割とおいしいやん」
アイが高評価を付ける。
「うん、これならここの学生になっても生き残れそう」
アズサが同意する。
「ええなぁ。ウチの専門学校は学生食堂ないんよ。どうしょう」
リナは、弁当を持ってくるか、学校の外で昼食を取るか、どちらかになるようだ。
十二時過ぎに大学を出て、駅に戻り、三時前には前回も行った新大久保のKポップグッズ店に着いた。ここで三人はまた推しグループのグッズを漁り、満足しながら店を出る。アズサは韓国アニメ関連の商品をヨウスケの土産に買った。
この後、東京駅に移動して、五時過ぎの新幹線に乗る。三人掛けの席に三人が収まり、出発直後こそ推しグループのことや、富士山のことなど話していたが、しばらくすると三人ともすっかり眠ってしまっていた。アズサが目を覚ますと、名古屋を過ぎたあたりで、あと三十分もすれば京都に着く。そこから大津に戻ったのは夜の八時ごろだった。
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