(18)アズサが寄りたいところ
翌朝、三人は朝食を食べ、少し休憩してから、アイの叔母にめいめい礼を言い、叔母の家を出た。
「また来おし」
と、にこやかにアイの叔母に見送られて、家を出る。今日は女子三人なので、前回のような深夜の新宿発の夜行バスでなく、夕方の新幹線で帰ることにしていた。もちろん、午後には三人で新大久保に寄るのである。
朝十時ごろの電車に乗り、二十五分ほどで、例の大学名の駅に着いた。前の晩、アズサがアイとリナに言ったのは、この駅のそばにある、駅名になった大学を見学するということだった。
アズサはこの五月、つまり、高校三年の春まで、卒業後の進路を決めていなかった。決めていないというより、高校を卒業した後の自分の姿、いや、自分でどのような人生にしていくのか、全く考えが浮かばなかったのである。就職か、京都の大学か、大津周辺の専門学校か、そもそも大津周辺にそのままいるのかどうかも全く考えがなかった。アズサには、京都、すなわち山の向こうの学校に通うイメージは全く浮かばない一方で、大津やさらに草津や彦根などの近江地方の学校や仕事場に通うことも考えられなかった。
二か月ほど前、父と弟のヨウスケと三人で初めて富士山に来た時に、眼前に迫る巨大な山容を見て、アズサは、自分の心の中でなにかが音を立ててはじけたような気がした。弟のヨウスケは、この親子旅行の少し前、京阪電車で京都のアニメショップに行った時、途中下車して疏水分線の横を歩いた。そして帰宅してから、「疏水分線に落ちて大阪まで流れていく」という、よく分からない想像をしたのだが、アズサがその話を聞いた時は、「またしょうもないことばかり言うて」と思っていただけだった。
ところが、なぜかその「自分の家のそばから遠くまで何かに乗せられて流れていく」という話に引きつけられる気がして、ずっとその話を覚えていた。そして、親子三人の旅行の時に、大学の名前が付いた駅を通り過ぎ、谷あいから見事な富士山が見え、喫茶店でその姿を間近に見た時に、弟の話した「大阪まで流れていく」という話が、自分の中で一本の糸がつながるように感じたのだった。
「ウチ、大津から山梨に流れてきて、富士山のふもとに着くんや」
そう思った瞬間に、駅名の大学もその糸につながる。
「ウチ、あの大学に行こう。絶対や。あそこで大学生になる」
親子旅行から帰って、アズサはその大学のことを調べた。この大学は文科系の大学だった。父親に似たのか、運動が苦手で、「バリバリ文系」のアズサには、どの学科もそれなりに興味のある分野を扱っている。入学試験が難しすぎると大変だが、幸いなことに、今のアズサなら、きちんと勉強すれば合格できそうだった。この大学は、所在地の山梨県出身の学生はわずか一割程度で、残りの九割は、他県から来ているという。おそらく、滋賀県、いや、大津市出身者もいるに違いない。いや、うまくすれば、自分の高校の先輩がいるかもしれない。せっかく遠くの大学に来たとはいえ、同郷の学生がいればやはり心強い。
大津から山梨の大学に入れば、当然実家から出て一人暮らしになるが、幸いなことに、この大学は公立大なので、学費も私立よりは安い。自分でバイトをすれば、親の仕送りを加えて何とかなりそうな気がする。
アズサはまだこの大学に進学したいことを家族には話さなかった。反対されるというより、反対されないように、自分自身で大学の様子を確かめてから、自分の希望を話そうと思っていた。そして、今、昨夜打ち明けた友人のアイとリナの二人と一緒に、その大学の前の駅に降り立った。
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