(17)山中湖と本栖湖

 三人が乗った電車は、前回と同じく、大学の名前の付く駅を通る。アズサはその駅名をしっかり見ていたが、アイとリナはそれには気づかない。そして、それから十分ほどすると、富士山がその巨大な姿をいきなり見せ始めた。アイは何度も見ているからそれほどは驚かないが、リナは初めてだったので、先日のアズサと同様に、

 

 「うわぁ」

 

と、大げさにも見えるような驚き方をした。アズサも、前回見ているとはいえ、やはり再び「大きいなぁ」と感心とも驚きともつかない感想を持った。

 

 前回同様、九時過ぎに吉田の街に着いた。今回は、富士の裾野、富士五湖周辺を巡ることにしているので、その方面に行く路線バスに乗る。富士五湖というと一か所に集中しているようにも思えるが、富士の裾野は琵琶湖と同じぐらい広く、一日で全部回るのはかなり無理がある。今回は、東端の山中湖と西端の本栖湖の二つを回って、そこからの富士山を堪能することにしていた。

 

 三人はまず、山中湖行きのバスに乗った。小一時間で山中湖に出る。山中湖は富士五湖の中でも河口湖と並んで一番有名なので、アズサたちは観光客も多いだろうと予想して、先に回ろうと考えたのだが、もう時刻は十時近くで、降りた湖畔のバス停周辺は、観光客で十分混雑状態だった。

 ありがたかったのは、今日も天気は悪くなく、快晴と言うほどではないが、少し薄曇りであったことである。そのため、富士山はよく見え、日差しが強すぎるということもない。ここから見る富士山も大変に近く、雄大に見える。三人はスマートホンをホルダーに挟んで立てかけ、山をバックに何枚も写真を撮った。残念なのは、この場所からだと、富士山と山中湖の湖面がちょうど反対側になることで、湖の方はそれ単体でやはり三人で写真に収まった。

 売店でブドウ味のソフトクリームを食べて一休みする。アズサがアイに聞く。

 

 「アイ、こんなん景色、いつも見とん?」

 

 「いつもちゃうよ。おばさんちに来た時だけやから、今まで五回か六回か、そんなもん」

 

 それを聞いていたリナが言う。

 

 「ウチ、ホンマ刺さったわ。アズサに聞いてた以上にすごい。こんな景色、日本にあるんやな」

 

 「そやろ、ウチもホンマ驚いたん。富士山て、近くやとおっきいんやなて」

 

 アズサの解説に、アイが「近くやと大きいんは当たり前やん」と笑いながら突っ込む。この後は、またバスに乗り、吉田まで引き返して、今度は本栖湖行きのバスに乗る。本栖湖は山中湖とは反対の、富士五湖の西端にあるので、吉田からでも一時間ほどかかる。本栖湖でバスを降り、展望台に行くと、また三人は声を上げた。

 

 「うわー、これかぁ」

 

 本栖湖の三人がいる展望台からの富士山は、以前の五千円札の裏面のデザインに取り入れられている。アズサが母親に本栖湖にも行くことを伝えた時、母が、

 

 「あ、そうそう、あるかな」

 

と言って、財布や引き出しをごそごそと探して取り出してきたのが、古い五千円札だった。

 

 「この富士山な、本栖湖の展望台から写したものやってんて」

 

 母は、学生時代に一度ここに来たことがあるという。その時に使っていた五千円の富士山が、そこからの眺めというのは、後で知ったのだが、その時に自分が撮った写真と見比べて、「ホンマ一緒や」と思ったことが印象的だったという。

 

 「この五千円、交通費支援であげるから、よく見といで」

 

と、母は旅費の一部として、その五千円札をアズサに渡していた。アズサはそれを取り出して、母が自分にしたように、アイとリナに説明する。

 

 「これ見てみ、ホンマおんなし景色やろ?」

 

 「うわー、ホンマや、同じや」

 

 「ウチ、なんか得した気分。五千円分?」

 

などとひとしきり盛り上がった。本栖湖では、湖と富士山は同じ側にある。三人は、湖面の上にすっくと立ちあがる山を写真に収め、さらに山中湖で撮ったのと同じように、スマートホンを立てかけて、富士山と本栖湖をバックにスリーショットを何枚も撮った。五千円札の富士山を堪能した後は、よさそうなドライブインを探して、昼食を取る。バスの時間まで再び富士山を眺めた後、吉田にあるアイの叔母の家に向かった。

 

 「アイちゃん、よう来たね。お友達、アズサちゃんとリナちゃん?」

 

 叔母に迎えられて、二人は挨拶をし、部屋にあがって懇親する。もう夕方だったが、少し吉田の街をアイに案内されたりして家に戻った後、夕食を頂く。おかずはアユの塩焼きで、このあたりでよく取れるという。リナが

 

 「ウチらも、琵琶湖のアユとかよう食べるんです。ここのアユ、すごくおいしい」

 

と嬉しそうに魚をほおばる。


 その後に、アイの伯母から、「歩いて十分ぐらいのところに温泉があるから行っておいで」と紹介され、三人で温かいお湯に浸かる。

 

 「天国やん、ここ」

 

と、アズサがアイに言う。アイは、

 

 「確かにええとこやけど、ウチは大津生まれ大津育ちやし、今おるあたりでええよ」

 

と現実的な答えを返す。アズサと違って、アイとリナはもう進路を決めている。アイは京都の大学、リナは大津の専門学校に行くつもりである。

 

 「ウチ、やっぱりマンガの大学行きたいねん」

 

 アイは、日本で唯一、「マンガ学部」がある私立大学に行くつもりにしていた。

 

 「ウチはなんでかな、なんか知らんけど、京都とか大阪より大津におるんが好きやった」

 

と、大津に残るつもりのリナが言う。

 

 「アズサはどうするん? まだ決めてへんの?」

 

 リナは心配も含めて尋ねる。アズサは

 

 「うん、実は、明日、寄りたいところがあるんやけど、一緒に来てくれる?」

 

と、自分の考えを持ち出した。

 

 三人はすっかり温泉で暖まり、アイの叔母の家に戻ると、昨日からの夜行バスの旅で疲れたのだろう、髪も乾くかどうかのうちに眠りに落ちていた。

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