(16)富士山再訪

 結局、アズサは夏休みの八月に、同級生のアイとリナ二人と富士五湖周辺観光に行くことになった。ヨウスケは、自分たちだけで遠くに旅行する姉を、さすが高校生、と多少尊敬したが、詰まるところ、

 

 「お土産期待しとるで」

 

という、単なる留守番家族の希望を述べる状況になった。先日、京都の疏水から大阪湾に出たり、富士山から海や湖に流れたりする想像をしていたヨウスケは、姉がどこかに流れるのではないかといろいろ想像してみたのだが、自分よりは多少しっかり者の姉が、疏水に落ちることも、富士山頂から駿河湾に流れることもないとすぐに察し、想像するのはやめてしまった。

 代わりに、大月あたりの山あいから川の流れに乗って、海まで流れていくような想像をしようかとも思ったが、大月を流れる川が最終的にどこを流れていくのか、ヨウスケはあまり土地勘もなく、八王子を経て多摩川から東京湾に流れる想像をしたのだが、流路が合っているかどうかも定かではなかった。結局、無理やり多摩川を流れることにして、あっという間に羽田空港の脇の多摩川河口に着くと、東京湾に流れ着いた、というエンディングで想像を終わらせた。

 

 姉のアズサは、結局、先日家族で利用したのと同じ高速バスで東京に出て、朝のうちに富士山のふもとに着き、今度は日中、富士五湖を巡るプランにした。奇遇ながら、アイの叔母が吉田にいるという。アズサ、アイ、リナは、その親戚の家に一泊させてもらうことにした。アイは小さいころから時々この吉田の叔母の家に行っているので、今回も、

 

 「お友達二人いるの。どうぞどうぞ、ぜひおいで」

 

 と歓待を受けていた。

 

 三人は、アズサが家族と富士山を見に行ったのと同じに、六時に新宿のバスターミナルに着くと、六時半の特急あずさに乗った。友人のアイとリナに、自分の名前の由来を示したかったのである。朝食は本人たちが節約するために、前の晩にそれぞれ作ったサンドイッチや菓子パンなどを車内で食べた。

 

 「へぇ、アズサ、電車の名前やったん」

 

 とアイが聞く。「うん」と自慢でもない普通の返事をすると、リナが、

 

 「ウチなんて、お父はんが推しの歌手の名前やったからリナて付けたとか、ひどいこと言いよるんよ」と笑いながら言う。そんなはずはない、いや、あるかもしれない、などと言いあいながら女子高生の話ははずむ。一時間ほどすると、先日乗り換えた大月駅に着く。アズサとアイはここで私鉄線に乗り換えたことはあるので、初めてのリナを誘導するように、富士山行きの短い電車に乗り換える。二駅先で、アズサが父から言われた、リニア新幹線の高架を二人に教える。アイはさすがに地元に親戚がいるせいか、

 

 「ウチ、実験線に乗ったことがある」

 

と言う。アズサもリナも少々驚いて、

 

 「え、ホンマ?」

 

と聞くと、アイは

 

 「うん、四百キロか五百キロ出とった」

 

と、割合すごい体験をしたのに、こともなげに言う。

 

 「どやった?」

 

とアズサが聞くが、

 

 「ずっとトンネルやったから、なんも分からんかった。京都の地下鉄と同じ」

 

 と笑いながらアイが答える。アズサが先日「それじゃ地下鉄やん」と言ったのと同じ感想だったのには、ちょっと驚いた。

 

 リニアの高架の背後にはすでに富士山が見えていたが、電車の正面ではなく、横の窓から高架橋の景色を眺めているアイとリナを見て、アズサは、富士山がふもとから大きく見えるところまで、もしアイとリナが気づかなければ、そのままにしておこうと思った。その方が、「感激度」が大きいだろう。もっとも、アイは何度かこの電車にも乗ったことがあるので、このあたりからすでに富士山が見えるのは知っているかもしれない。そんなことを考えているうちに、電車はリニアの高架を通り過ぎた。アズサの期待通り、アイとリナは、富士山は目に入らなかったようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る