アップデート・プラス
五速 梁
第1話 僕らにパーティーは似合わない
「なるほど、映像制作科ね。確かに今から技術を身につけておけば何かと有利かもしれないが……」
叔父さんは、僕が見学してきた新設校のリーフレットを見ながら「ううむ」と唸った。
「逆に言えばそれは、部活代わりに独学でやればいい領域とも言えるな」
「でもさ、高校生対象のコンテストなんかは、学校のバックアップがあるのとないのとでかなり、差がつかないかな」
「つくかもしれないね。でもそういう世代限定の物って、若い感性をもてはやすための催しだろう? プロを目指すんだったら、自分の「引き出しの中味」が問われることになる」
「引き出しの中味?」
「うん、「自分だけの強味」っていうかな。ライバルを引き離すにはそう言う圧倒的な違いが求められるんだよ」
「自分だけの強みかあ」
それなら、と僕は即座に杏沙の顔を思い浮かべた。別の僕の強みでもなんでもないのだが。
「プロになったら「プロ並みの学生」なんて初心者と同じだ。だったら普通科で同好の士を探した方が近道だと思うがな」
「でもさ、それって……」
今と同じ、だ。
「本気で勝とうと思う奴は、自分が持っているありとあらゆる手を使うもんだ。勉強でも遊びでも、やったことの中から手あたり次第、引っ張り出してね」
僕は強くうなずいた。そうなのだ。「敵」と戦うってことは、やれることを全部試すってことなんだ。
「なにも学生向けのコンクールだけが登竜門じゃないだろう? 「学生」のラベルを飛び越えてプロがしのぎを削っているコンテストに飛び込むのもありなんじゃないかな」
「プロが競うコンテスト?」
僕はほんの少しだけ、ひるみそうになった。……でも。
以前の僕なら「とんでもない」と思っただろう。だけど今はそれもありかな、と思う自分がいる。
そんな少しだけ春の匂いがし始めたある日、僕らの街を「それどころではない」事態が襲ったのだった。
※
僕の名は真咲新吾。中学二年生だ。
両親が公務員というちょっとばかり堅めの家に生まれ、優秀な兄と芸術家肌の妹に挟まれて育ったごく平凡な少年だ。
僕の趣味はビデオカメラで映画を撮る事。もちろん、将来の夢は映像クリエーターだ。
この春、僕が万を辞して立ち上げた映画同好会は、夏休みに入る直前にメンバーの相次ぐ脱退で活動停止を余儀なくされた。そのぽっかり空いた隙間に飛び込んできたのは、平凡な中学生の生活とはおよそかけ離れたとんでもない騒ぎだった。
その騒ぎとは、街の存亡をかけた戦い――「侵略者」との凄まじい攻防だった。
とはいえ、未知の武器とか超能力を使った映画のような戦いではない。「侵略者」に身体を乗っ取られ「幽霊」という頼りない存在になった僕は、謎めいた美少女、七森杏沙と知り合うことで結果的に街を救う影のヒーローになってしまったのだ。
僕と杏沙は杏沙の父親である七森博士と、博士の助手だった「五瀬さん」「四家さん」という二人の技術者の力を借りてどうにか侵略者を追い払うことに成功したのだった。
※
「ええと、お茶の準備は整ったんだが「最後の招待客」は来るのかい、中学生君」
カウンターの向こうから僕に向けて意地の悪い問いかけを寄越したのは、お馴染みのマスターだった。
「いちおう、来るみたいですけど、最後に返信が来たのが三十分前だし怪しいかも」
「もう一度呼びかけてみたら? バスに乗り遅れてるのかもしれないわよ」
隣のテーブルから声をかけてきたのは兄貴の彼女の
「賛成。新ちゃんの押しの弱さだったら杏沙さん、途中で気が変わっちゃうかもよ」
同じく隣のテーブルから容赦ない言葉でけしかけてきたのは妹の
ここ喫茶店『誰似人』(こう書いて『サムワン』と読ませるらしいが、無茶だと思う)では二月十四日の今日、夢未さんの提案でバレンタインパーティーが催されていた。
もともとは兄貴と夢未さんの二人だけだったのだが、それに舞彩がボーイフレンドの
そして「新ちゃんを誘うんだったら絶対、杏沙さんも誘わなきゃ駄目」と舞彩が強硬に主張したことで、聞きなれない名前に興味を持った夢未さんに杏沙の姿を知られる事態となってしまったのだ。
「まあ素敵! こんな美少女が新吾さんのガールフレンドだなんて」
こうなるともう正直、誤解だとか言って訂正するのも面倒になってくるものだ。その日から夢未さんと舞彩の連合軍が僕に
当初、杏沙は「その日は忙しい」とやんわり断っていて、僕は正直ほっとしていた。
僕が望んでいるのはカメラのこちら側と向こう側――監督と主演女優の濃密な時間であって、パーティーなど面倒くさいだけなのだ。
ところが、だ。昨日になって突然、杏沙が「なんとか行けそうだから、お邪魔させてもらいます」と予想外の変更を僕に伝えて来たのだった。(舞彩が僕の携帯で口説きやがったらしい)
「時間になっても来なかったら探しに行ってよ、新ちゃん」
「探しに行く必要はないよ。ここなら七森は絶対わかる」
何しろこの店は、「幽霊」になった僕らが初めて会った場所なのだから。
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