第37話 僕の世界
AUPD第1課では様々な次元の歪みを計測している。
多くは自然現象による歪みが占めており、
継続した存在波の揺らぎを観測した場合は、第2課へ調査を依頼する。
だが越境した世界線によっては、
その世界線の構文上、存在波の揺らぎが発生しない場合もある。
継続的な揺らぎを観測出来ない場合、
調査は行われず自然状況として観測される。
———————
「あの、好きです。付き合ってください!」
そう言った僕の心は、心臓が爆発しそうになっていた。
女の子に告白するのは初めてだったし、どう伝えようかずっと悩んでいた。
彼女とはクラスが同じになり、友達になって1年経つ。
でも、まだ2人きりで遊びに行った事はない。
今までは男女複数のグループで色々な場所へ遊びに行った。
正直向こうにとって僕は、「グループの内の1人」程度なのかもしれない。
でも僕はどうしても彼女を目で追ってしまう。
彼女だけが輝いて、笑いかけられたらそれだけで1日が幸せになるのだ。
告白をしたのは、夕日が綺麗な学校帰りだった。
僕は勇気を出して、今日は一緒に帰りたいと伝え彼女と歩いた。
彼女は普通に話かけてくれたけど、
僕の心は正直一杯一杯で返事も碌に出来なかった。
そんな様子に心配そうに話かけてくれるのだけど、やっぱり緊張で何も言えなかった。
沈黙の中、黙々と僕らは歩いた。
彼女が「こっちの道だから、ここで。」と言った時、僕は彼女の腕を掴んだ。
そしてようやく僕の気持ちを伝えたのだ。
それを受けた彼女の反応は予想外だった。
「私も、ずっと好きだった。
グループで遊ぶんじゃなくて、ずっと2人で遊びたかった。」
頬を赤らめながら彼女はそう言った。
こんなにも幸せだと感じた事は、今までなかった。
彼女は僕を僕として、同じ様な気持ちで見てくれていたのだ。
そこから、僕達は晴れて付き合う事になった。
まだ中学生なので、大した遠出は出来ないしお金もそんなに無い。
でもそんな日々でも「彼女と一緒」と言うだけで楽しかった。
コンビニでホットスナックを買ってただお喋りをしたり、
学校帰りにクレープを食べたり、
彼女も僕も歌う事が好きなので、よくカラオケに行ったりもした。
聞く音楽の好みは全然違っていて、
彼女の歌う曲は僕が全然知らない曲だけど、楽しそうならそれで良い。
ずっとこんな幸せが続いたらいいな、と心の中で思っていた。
付き合って少し経った頃、僕らは隣町にある水族館に出かけた。
彼女は思ったよりも色々な魚に興味があり、展示物を読み込んでいた。
僕はここには子供の頃から何度も来たことがあったし、
早く次のゾーンへ行きたかったので、「行こうよ。」と促しても
もっとちゃんと見たい、と彼女は不機嫌そうに言った。
そこから水族館を出るまで、僕たちはまともに会話をしなかった。
付き合ってから、初めての喧嘩だった。
気まずい沈黙が続き、相手と少し離れた距離で歩く。
その間にどうしようかと色々と考えた。
自分のペースで見たいのも分かるが、僕にも僕のペースがある。
でももしかしたらこう言う場合、
相手に合わせてあげる事も大事なのではないかと思った。
そこまで考えて、
僕は謝るつもりではいても、今度は仲直りの方法が分からなかった。
でもそんな僕の様子を気遣って、彼女は先に謝ってくれた。
「色々楽しみたくて、じっくり見すぎちゃった。本当にごめんね。」
そう言った彼女の顔はとても悲しそうだった。
僕はこんな表情をする彼女を見るのは初めてだった。
彼女の色んな一面が見たいと思っていたが、
こんな顔はもう2度とさせたくない。
それから僕は彼女に、自分が悪かった事を謝って仲直りをした。
だが、仲直りしたと言ってもその後は若干の気まずさは続いた。
そんな風に彼女とは、初めて同士トライアンドエラーを重ね
色んな事を一緒に乗り越えていった。
「じゃあ、またね。」
彼女が笑顔でそう言った。
「うん、また明日。」
僕も笑顔でそう返す。
彼女が手を振って踵を返した時、
スクールバックについていたお揃いのキーホルダーが夕日に照らされ輝いた。
彼女を見送り、僕は家路を歩く。
僕たちはもう直ぐ中学を卒業する。
彼女とは同じ高校を受験し、合格した。
最初彼女は私立の高校へ行こうとしていたけれど、
最終的に僕と一緒にいたいと言ってくれ、悩んだ末一緒の高校にしてくれた。
まだこれからも、彼女と学校生活を続けられると思うと安心する。
だがそんな事を考えている最中、
目の前の道路の端に何かひらひらと揺れる部分を見つけた。
まるでそこだけが、夏の陽炎の様に空間が揺れている。
不思議に思いその場所へ足を踏み出した。
気がつくと、何故か心の中で「いらっしゃい。」と声が響いた。
誰からの言葉だろうと周りを見たが、言葉を発した人はどこにもいない。
周りを見渡すと、先ほどまでは誰も道路にいなかったのに、
上から下まで白い服を着た人たちが沢山行き来していた。
不思議に思って人々を見るが、皆こちらを見て微笑んでいく。
だが、顔や容姿が妙に記憶に残らない。
先ほど通りすがった人は一体どんな微笑みだっただろうか。
輪郭を持たない記憶に、頭がぼんやりと霞んでいった。
でもそんな僕の心の中に、
「大丈夫だよ。」
「分かっているよ。」
と妙に安心する声が入ってくる。
その言葉は僕の心を安定させ、
不安や困惑と言った感情はまるで初めから無かったかの様だ。
僕は一歩ずつ歩き出した。
それを見た人たちが、僕を見て微笑んでいる。
「ここにいれば、安心だよ。」
誰も喋ってはいない。
でも、僕には確実にそう聞こえている。
その時、僕は完全にその世界に融合したと思った。
同期、同化、どんな言い方でも良い。
世界が自分に適合したと思ったのだ。
僕はまるでずっと前からここにいた様な気もする。
いや、多分ずっとここにいた。
今までの世界では得られない安心感がある。
僕はここにいて良い存在で、逆にこの世界にいなければならない。
どんどん心が、この世界と一体になっているのが分かる。
何も考えずに歩き出す。
僕はまるで、どこに行けば良いかを分かっている様に。
僕はもうここにしかいられない。
そんな風に思った頃には両親や友人、彼女の顔すら思い出す事は出来なかった。
ここに来て何日経ったのだろうか。
自分の名前を呼ばれる事もなく、もう自分でも名前や顔が思い出せない。
だがそれが「寂しい」とか「悲しい」とかそう言った感情としては処理されない。
ここでは皆が皆、心で繋がっている。
誰も何も喋らない。でも心が繋がっているから言葉は必要ない。
誰もが誰かと繋がり、「あなたのままで良い」と言ってくれる。
そして僕もそう思う。
「うん。僕はこのままの僕で良い。」
———————
【AUPDレポート】
・世界線:観測構文FNX-1476
・極小の揺らぎ:0.0000000007以下
・越境による高次元連鎖の兆候無し。観測対象外とする。
【本件は自然融合ケースとして記録保管。再観測不要。】
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