第26話 お前、誰だ
「あ、今から会えない?」
私は深夜にも関わらず手当たり次第に男性へ連絡をしていた。
沢山の人に連絡したが、今の所会えないと言った返答しかこない。
私には特定の彼氏はいない。
日替わりで色々な男性と遊ぶ。
でも本当はちゃんとした彼氏が欲しい。
私は人生の中、ずっと誰かに依存をしてきた。
特に男性に依存をし、彼氏が出来ても必要以上に執着してしまい結果振られる。
いつも最後に言われるのは、「お前は重すぎる。」
勿論体重の話ではない。
相手にかける心が重いのだ。
彼氏が出来れば直ぐに位置情報のアプリを登録させて、行動を監視する。
異性と連絡をしていたら、やめる様に言う。
それでも続けていたら、私とその子どっちが大事なのと責める。
私はあなただけなのに、あなたは私以外を選ぶの?
好きと言う気持ちは、私以外の人間に注ぐ必要があるの?
だって、お互い好き合ってるんだから、自分の物を別の人が使うなんてありえない。
私だけが好きじゃなくて、相手もそうであって欲しいのだ。
でも私の性格を知って、男性達はいつの間にか去っていく。
納得できずにしつこくすると、連絡先も完全にブロックされる。
歴代の彼氏の中で、1番長く付き合った期間は2ヶ月だ。
その人は出来る限り私の要望に応えてくれたし、愛し合ってると感じる事が出来た。
でも、それでも信じられなくて彼氏の携帯を勝手に見たり、
出かけると言って出ていった際は、後をつけたりした。
それがバレて、彼は酷く怒った。
君は、信用や信頼を全く相手にしておらず、自分勝手にも程がある。
いつもは穏やかで優しい彼氏が本気でそう言って怒っていた。
それからは、依存が出来る彼氏が欲しいのだけれど、どうにも上手くいかない日々を送っている。
「はあ、誰もダメだってさ。ミャー子。」
膝の上に座っている猫に声をかける。
真っ白でふわふわの毛を優しく撫でると、ミャー子はゴロゴロと喉を鳴らした。
本当はこのマンションではペットを飼うのは禁止なのだが、
1人の時間が寂しすぎて、こっそり飼っている。
ミャー子はいい子で無駄に鳴いたりしない。
大人しくて、とても人懐っこい。
男性をこの部屋に招いた時も警戒せず、自分から寄り添い撫でさせている。
特に私には懐いてくれており、座っていれば膝の上に乗るし、寝る時は枕元に来て一緒に寝てくれる。
お風呂に入れば扉の前で待っていてくれる。私が動けばミャー子も動くのだ。
ずっと私の事を好きでいてくれる唯一の存在が、ミャー子だ。
男性に依存出来ない時は、ミャー子に依存している。
それ位私にとって大切な存在になっている。
撫でていると、携帯から着信音が響いた。
「はーい。」
私が軽快に出ると、相手は以前1度寝た事がある男性だった。
今から来ないか、と言われ即答で返事をする。
彼は、私と付き合う気なんて全くない。
その位は理解はしているが、誘われたら断る必要がない。
だってその瞬間は私を求めていてくれる。
その時だけ、彼は私の存在を肯定してくれる。
数えきれない程存在している世界中の1人だけ、私を欲しがってくれる。
私には男性の存在が必要なのだ。
男性だけが私の存在を認めてくれるから。
電話を切った後、ミャー子の水を変えて急いで着替えをした。
冬の寒い中、わざわざミニスカートを履く。
ふわふわのニット生地のトップスに、千鳥柄のスカート。
男性が好きそうな格好は、私のクローゼットの中に大体あると思う。
「ミャー子、行ってくるね。」
玄関先でブーツを履きながら隣で座っているミャー子の頭を撫でた。
「さっむ。」
私は月が満ちて明るい道を歩く。
コツコツとヒールの音が鳴り響いていた。
男性の家まで2駅程だが、深夜なので電車はもう走っていない。
出来ればタクシーに乗りたかったが、今日はどこを見てもタクシーの姿がなかった。
寒空の中、仕方なく歩き出す。
だが、数メートル歩いた所で目の前に何か変な膜の様な物が見えた。
それは空間全体が揺らいでいる様に、ゆらゆら揺れている。
だがその時の私は男性の家に行く事が1番の優先だったので、あまり気にせずにそこを通り抜けた。
——————————
「うるさ!」
その膜を通った瞬間から、高音でキーンとした音が鳴り響いている。
耳を塞いでみると、目の前には沢山の人がいた。
でも見える人達みんなが何故か幸福そうに微笑んでいる。
また何故かそこは日が登っており、春の様な温かな気温だった。
恐る恐る、耳を塞いだ手を下ろしてみるとまだあの音が鳴り響いている。
最初こそ大きな音と感じたが、その音を聞き続けていると、段々と心がリラックスしてくるのが分かる。
聞くと安心する様な、そんな音だった。
周りを歩いてみると、どんどんと音が変わっている。
音の発生源の機械らしき物は見えないが、人の後ろでその人ごとの音が流れている様だった。
今までとは違うその光景に、段々と不思議で、若干怖く思えてきた。
すると私の後ろで音が変わった。
今度は先ほどよりも低音の音で、ズーンと体の中に響き渡った。
だが、その音を聞いていたら気分が落ち着き、そして恐怖心が全く無くなっていった。
私は不思議に思い後ろを見ようとするも、やはり音が出ている所は分からなかった。
「なんか、落ち着いちゃう音…。」
私はその場で目を閉じて音を聞き続けた。
今までこんなにも落ち着く音は聞いた事ない。
不安で、誰かに欲してもらいたくて、
認めて欲しくていつも焦っている自分がここでは何故か安心出来る。
誰にも依存せず、自分の存在だけで安心している。
こんな感覚は初めてで、満たされるってこう言う事なんだと確信した。
自然と笑みが溢れる。
周りの人が微笑んでいるのは、きっと私と同じく満たされた満足感を感じているからだ。
いたるところで高音や、低音、色んな音が交わっている。
ここは、世界が音で満たされていた。
暫く色々な場所へ歩いていった。
不思議な夢だな、と思いながら店の中に入ったり、町を歩いてみた。
店の中では色んな人がいたので、沢山の音が響いていた。
急に色んな音が耳に入るので、最初こそ不快ではあるが不快だと思った瞬間自分の後ろから音がする。
それを聞いて安心して、また町を歩いていると、
音が渋滞しているこの空間がとても心地良いと感じる様になった。
ここでは自分が自分として確立し、自立出来ている感じがして心地よい。
だが、急に2人の男性が目の前に立ちはだかった。
黒髪で、パーマをしている様な無精髭の男。
その隣にはカーキー色の短髪の男性。
2人共長身で足が長かった。
黒髪の男性がとてつもなく私のタイプで、見た瞬間から好きになった。
「AUPDのセイガと、こっちがアマギリ。あなたは今、別の世界線に来ています。」
言葉の内容はどうでも良かった。
名前、セイガさんって言うんだ。私は彼に近づいて手を取った。
「彼女いますか。」
セイガさんもアマギリさんもびっくりして、お互い目を合わせた。
「あの、すみません。やめてあげてください。」
アマギリさんが私の手を振り解いて言った。
セイガさんはびっくりした顔の後、照れくさそうに「俺、モテてる〜。」と言った。
そんな様子を気にせず、アマギリさんが説明を始めた。
「今あなたは別の世界線に来ていて、移送するのが我々です。
でも全く同じ世界線ではなく、99.999%同じですが0.0001%違う世界線です。」
別の世界線。
なんだ、変な夢と思ってたけど、ここは現実のどこかと言う事だろうか。
心地よい世界で、私はとても気に入っているのだが留まる事は絶対出来ないと言う。
「セイガさん!あの、また会えませんか。本当にタイプなんです。もう好きです。」
私は難しい説明はとりあえず置いといて、セイガさんに必死に伝える。
「あの、ごめんな〜。嬉しいんだけどもう2度と会えない。自分の世界線に帰ってくれ。」
そう言って微笑んだ。
私は心底がっかりしながら頭を垂れた。
「そうですか…。わかりました。」
「じゃあ移送しますね。」
アマギリさんがそう言った瞬間、不意をついてセイガさんに抱きついた。
セイガさんは抱き返してはくれなかったけど、優しい声で言った。
「自分を大切にな〜。」
——————————
気がつくと、先ほどまでの道に戻ってきていた。
そうだ、男性の家に向かっている途中だったんだ。
そう思い出したけど、やっぱり相手の家に行くのはやめた。
先ほどまで音ばかりしていたので、この世界はとてつもなく静かに感じた。
家に帰る途中から、不安や焦り、色んな感情がまた現れてくる。
あの世界ではどうにも自信がつき、心から安心出来たのに結局こうなってしまうのか。
「あー、セイガさんタイプだったのに。」
私はそう言いながら自宅の鍵を開けた。
「ただいまー。ミャー子。」
足元を見るが、ミャー子の姿がない。
いつも私の足音を聞いて、玄関で待っていてくれているのにいない。
寝てるのかなと思い部屋に入ると、隅でミャー子が縮まっていた。
「どした!?大丈夫?」
私は心配して近づくと、ミャー子は毛をぶわっと逆立ててシャーと威嚇した。
こんな様子を見るのは初めてだった。
いつも私に懐いて離れないのに、何故か今日はずっと警戒している。
私の存在を肯定してくれる、たった1つの存在。
そんなミャー子に、私は今敵意を向けられている。
その現象は、その日からずっと続いた。
一緒に寝ていたのに、近くにすら来ない。
少し遠く、私が見える場所で横になりこちらの様子を伺っている。
一歩近づけば、ミャー子は走って遠くに逃げていく。
膝にも乗らないし、警戒しながらご飯を食べる。
あの日からずっと、私を見て、睨む様な目つきにになった。
「そこにいるのは、お前じゃない」と言われている様な気がした。
あの日の記憶が蘇る。
99.999%同じって言ってたのに、ミャー子だけ変化している。
私は布団の中で毎日泣いた。
「ちゃんと、私戻ってきたのに…。ミャー子、寂しいよ…、なんで…。」
ミャー子はじっと私を見ている。
それはどれだけ時間が経とうとも、変わる気配はなかった。
——————————
ーAUPD2課にてー
事後報告書を確認しながら、セイガさんがため息をついた。
「やっぱり、猫案件はやばいな。」
隣の席に座っていた俺は彼と同じ様にため息をついて言う。
「…生き物、特に猫って高次元構文を感じ取ってるんですよね。」
以前セイガさんがしていた話を思い出す。
猫や狐、他にも色々な動物は元々高次元の世界で生きており、
世界線にも干渉が可能な【非人間干渉者】だ。
「ああ。飼い主が別次元から戻ってきたら「お前、誰だ。」ってなるんだよなあ。」
猫は特にそう言った類に敏感で、
移送後の世界で、動物とトラブルが起きるケースは数え切れない程存在する。
「AUPD側では、何の対処も出来ませんよね。」
「ああ。正直1番【取り返しがつかないズレ】だな〜。」
しばしお互いに沈黙が流れた。
セイガさんが俺に向かってぽつりと呟く。
「レン、お前んとこはペット飼ってねえよな。」
「はい。うちのラインだとそもそも動物文化があまり…。」
言い切らぬ内に、セイガは顔を手で覆って言った。
「いーなー。俺めっちゃ!めっちゃ!猫好き。でもこう言う報告読むと、絶対飼えねえって思うわ。」
なんともやるせない気持ちで、2人ともまたため息をついた。
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