『虚宙 -The Hollow Cosmos-』

ΛKIRA

第1話:見えない記録

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――なぜ、“13体目”だけが記録されていなかったのか。


観測所の記録端末には、12体の識別コードと個体情報が正確に記録されていた。種別、行動記録、生体データ、すべてが時間軸と一致し、完璧なまでに整備されていた。


だが、その隣にあるはずの13番目だけが、まるごと欠落していた。


記録漏れではない。システムの痕跡を辿れば、その「欠落」は意図的な何かを感じさせた。データは確かに「一度、存在していた」。その証拠に、記録媒体には不可解な磁気ゆらぎが残り、バックアップログには存在しないファイル番号の空白がある。


それは、まるで“誰か”が記録を抹消したというよりも、“初めから観測できなかった”という印象を残していた。


だが、そこに居合わせた観測員たちは、奇妙な証言を繰り返した。


「最初から12体しかいなかった」と。


彼らの記憶は一致していた。疑問すら抱かず、誤差や不具合を口にする者もいない。その自然さが、むしろ異常だった。


――観測拒絶。


この言葉を最初に口にしたのは、主任の天城だった。


「理論上、観測したはずの情報が存在しない。それはつまり、何かが“意図的に観測されなかった”ということだ。まるで……こちらが見ていることを、あらかじめ知っていたように。」


一部のスタッフは笑ったが、誰もその“笑い”が不自然であることには触れなかった。


その夜を境に、観測所では小さな異変が頻発した。


計器が一斉に数秒間だけ沈黙する。内部回線で“誰も送っていない”はずのテキストが表示される。さらに奇妙だったのは、複数の観測員が「同じ夢」を見たと話したことだ。


彼らが見た夢には、暗闇の中に微かに浮かぶ“13”という数字と、それに向かって手を伸ばす誰かの後ろ姿が描かれていたという。


情報解析担当のひとりである榊は、その日も遅くまで残り、消されたログの痕跡を辿っていた。


――【ΛΣ13】


ディスプレイに残されたその記号に、彼は思わず息を飲んだ。


それは、識別コードとしては不自然すぎた。ギリシャ文字のような構成だが、データベース内のいずれの命名規則にも一致しない。まるで、何かを“偽装するため”の表記に見えた。


榊は思い出す。13体目の観測個体を記録していた時間帯――そのすべての記録が、この【ΛΣ13】を境に“塗りつぶされている”ことを。


しかも、再開された記録の“最初のログ”には、こう書かれていた。


> 「ここに記録されたことは、すべて虚偽である」




その文を読んだ瞬間、榊の背筋に氷が走った。

頭の奥で、何かが“読み取られている”ような感覚。見てはいけないものを見てしまったという恐怖。そして――


――気づかれている。


翌日、榊は観測所を去った。理由は「精神的ストレスによる職務困難」とだけ記された。


だが、彼が最後に記録端末に残した音声メモには、こう記されていた。


> 「13体目は、俺たちを観測していた。」





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