第5話 クラシファイドの狭間で
テーマパークに現れたナノ企業株式会社の男達が偶然なのか、必然なのかは分からないが、どちらにせよ警戒してしまう。
(一体、何をしに現れたんだろう?)
気になり落ち着かなくなった。
「一先ず、隠れよう」
レクスに肩を叩かれたので、言われた通り、すぐ側の物陰に身を潜めた。
暫くした頃、男達はテーマパークの方へと向かって歩いていく。どうやら目的は、私達じゃないようだ。
「あの人達、どこへ行くんだろう?」
私の疑問に、ひろが答えた。
「それは分からないが、ここの施設も、ナノ企業株式会社の傘下みたいだな」
「えっ? そうなの?」
ということは、ここにも何か、秘密があるのだろうか?
「どうしよっか……?」
私がひろとレクスの二人に訊けば、
「追跡してみるか? もしかしたら、ミレニアサファイアのサプライチェーンについて分かるかもしれないし。もし駄目なら、直ぐに引き返すってことで、どうだ?」
ひろが提案し、
「うん、そうしよう」
レクスが頷いた。
「危険と判断したら直ぐに引き返そう」
「うん」
私達三人は、制服を着た男達の後を付けることにした。
◆
テーマパークのゲートを越えてからも男達は奥へと歩いていく。観覧車、メリーゴーランド、ジェットコースター、お化け屋敷も越えて辿り着いた先は、マジックハウスだ。制服の男達はマジックハウスへと入って行った。
「どうする? マジックハウスに入る?」
「罠かもしれない」
レクスがぽつりと告げた。
「罠って、もしかして付けられていることが分かって誘ってるってこと?」
「その可能性はなきにしもあらず――かもな。俺達のこと、わざと泳がせていたりしてなぁ」
今度はひろが考察した。
「それなら、ここで撤退したほうがいいんじゃない?」
提案してみたが、ひろは首を振った。
「それはしないほうがいいかな。撤退したら撤退したで、怪しまれるかもしれないし」
「じゃあやっぱり、後を付いていく?」
ひろとレクスに振ってみたが、二人とも首を捻らせている。
やがて、レクスが切り出した。
「とりあえず、行ってみよう。もし彼らと遭遇して何か聞かれても、何も言わなければいい。ただ遊びにきたと言えば、納得するんじゃないかな」
「うーん、レクスが言うなら……行ってみようか?」
マジックハウスに近付くと、大きなピエロと小さなピエロのマスコットが外に置いてあった。大きなピエロと小さなピエロは入り口の側で佇んでいる。
「何だか、不気味だね」
水族館の施設は新しいが、こちらのテーマーパークは、寂れて淀んだ空気が漂っている。特にマジックハウスの外壁はボロボロで、塗装が剥離している部分がそこかしこにあった。レクスとひろと共にマジックハウスに踏み込めば、薄暗い証明の中にも手のひらサイズのピエロが壁の棚に並べられていた。そしてマジックハウスならではの鏡とガラスもあり、空間が歪んでいるように見えた。室内は絢爛とした赤と緑の色合いで古めかしい音楽も流れている。
「こっちだ。優沙、僕の服の裾を掴んでいるといいよ」
レクスはマジックハウスの経路を算出したのか、歩き始めた。私ははぐれないようにレクスの服の裾を掴んだ。
「俺は後ろを見とくわ」
ひろはそう言って、レクスと私の後ろに付いてくれた。
室内の鏡とガラスの部屋は、大小違うサイズの自分の姿が映っていく。暫く歩いていくと、次の部屋が見えた。次の部屋にも矢張り壁棚にピエロが設置されていて、そこを抜けると絵画が三つほどあった。金縁の額縁で飾られた絵画は、三点ともモナ・リザだったが、真ん中のモナ・リザだけが逆さまになって飾られていた。
「どうしてこのモナ・リザの絵だけが逆さまなんだろう?」
近付いて見てみると、両隣にあるモナリザとは違い、埃がついておらず手で触れたような跡が残っていた。
「レクス、ひろ、このモナ・リザの絵は動かしても大丈夫なのかな?」
「今、分析してみる」
レクスは目を見開くとモナ・リザを見詰めていた。ひろもレクスと同じように見詰めていたが、首を捻っていた。
「このモナ・リザの絵、おかしくないか?」
暫くした頃、ひろが口を開いた。
「何がおかしいの?」
今一度見てみたが、よく学校の教科書で見るようなモナ・リザと変わらない。ここに置いてあるのは印刷だが、それでもモナ・リザだと分かるような絵が飾られている。
「モナ・リザは輪郭をぼかすようにして塗られた技法、スフマート技法で塗られているはずなのに、それが一切ないんだよ。だから、誰かがモナ・リザを真似して描いたのかもしれないな」
ひろがそこまで説明すると、レクスが真ん中に飾られているモナ・リザの絵の前に立った。
「この絵を元に戻すと扉が開くかも。ここに空間が存在しているから隠し扉があるのかもしれない」
レクスは真ん中のモナ・リザの絵を両端に飾られたモナ・リザ絵と同じ位置に戻すと、『ガコン』という音が響き、真ん中に飾ってあったモナ・リザの絵の壁から回転式の扉が出現した。
「隠し扉、本当にあったね。これ、マジックハウスの造りなのかな? それとも、隠し施設の道なのかな?」
興味はあるが、これ以上踏み込んでいいのか迷ってしまう。
「レクス、どうする?」
「先に進んでみよう」
「だな。罠かどうかも知りたいところだし」
レクスもひろも先に進む意思を示していた。勿論、私もレクスとひろと同意見だ。ここまで来たのだ、引き返したくはなく、先に進みたかった。
「それじゃあ、行ってみよう」
回転式の隠し扉を通ると、中の通路は一本になっていた。道幅は四十メートルの真っ直ぐな道で、床はフローリングになっている。慎重に歩いて進んでいくと再び壁棚があり、そこには手のひらサイズのピエロの置物が置いてあった。
「やっぱりここは、マジックハウスのアトラクションなのかな?」
「どうだろう。けど、何かの匂いがする」
レクスは告げた。
「匂い?」
だが匂いはしなかった。ヒューマノイドには嗅ぎ分けられるセンサーがついているのだろう、人には認識できないようだ。
「ひろも匂いは感じるの?」
「ああ、これは水の匂いかな……川が近いのか?」
ひろが懸念した頃、再び扉が見えてきた。先程とは違い、重厚な扉があった。まるで金庫のような扉で、壁には認証コードを入力するパネルが設置されている。
「この扉、開けなさそうだね」
認証コードが分からなければ扉は開かないだろう。
「流石に、壊しちゃまずいよね……」
叩いて壊してこじ開けるという案が浮かぶが、そんなことをすれば警報が鳴るかもしれない。
「ハッキングだな」
束の間、ひろはそう口にし、入力タッチパネルをじっと見始めた。
それから数分後――
「指紋が残ってる。全部で四千通りあったが、一番いい数字で打ち込めば……」
ひろがそう呟きながらタッチパネルを打ち込むと『ピッ』という音がし認証された。重厚な扉は金属音を立てて開いていく。
「お、ビンゴ」
ひろは嬉しそうに告げた。だがここまでスムーズだと、かえって不安になる。
「だ、大丈夫かな……?」
行くとは言ったがあまりに順調過ぎたので腰が引けてしまう。
「行ってみよう」
「行くか」
ひろとレクスは気にせず扉の中へと進んでいく。レクスとひろを信用して再び歩いていると、先程、ひろとレクスが口にしていた水の香りの原因が判明した。一本道の先には部屋と巨大な生け簀があり、水が張られている。
「大きな生け簀があるけど、何があるんだろうね」
「確認してみよう。今のところ、人はいないみたいだから」
レクスは周囲を確認した後、部屋を歩いていく。そしてレクスと一緒に生け簀を覗いてみれば、一体のヒューマノイドが沈んでいた。何かの機械に接続されて管理されているようだが、動く気配はない。
「何のヒューマノイドだろう?」
最初に見たレクスとそっくりな形と色をしていた。
「僕の型に、似ているね……」
レクスはそう呟いて黙してしまった。
「何かの実験や研究でもしているのか?」
ひろは室内を歩いていき、コンソール画面の前を見ていた。ひろがパネルをタッチすれば、画面に何かの表と文書が提示された。
「これは……」
ひろはそのまま黙してしまった。一体そこに、何が記されていたのか。気になり近付いてみれば、ヘリオライトというギリシャ語の上に日本語が書かれ、英語で【ベネトレイション計画】と表示されていた。後は英語表記で記されていたので殆んど読めない。
「どういう意味だろう?」
「何かの組織に潜入、もしくはエージェントを確保する計画みたいだが……」
ひろは険しい顔をしていた。それから他の資料も画面に映し出していく。
「ここにも、ミレニアサファイアのことが書かれている――この施設も、ナノ企業株式会社が深く関わっているみたいだな」
ひろが見解を述べた直後、
「誰か来るっ!」
レクスが素早く反応し、私とひろの手を取ると直ぐ近くのコンテナ後ろに身体を隠すように押し込んだのでそこに身を潜めることになった。直に声と共に足音がし、扉が開かれた。
「……ですから、何度も申していますが、この計画に必須な一体が未だに行方知れずなんです。私も手を尽くしてますよ……。ええ、そうです。ですがあれは、貴重な一体なので復元は無理です。げんにそのヒューマノイドを製造した博士は他界してますし、資料は手元にもデータベースにも残っていないですから……」
電話の内容からして誰かと揉めているような感じだ。行方不明になっているヒューマノイドというのは、ナノ企業株式会社から盗まれているヒューマノイドのことだろうか? 男の声は続いていく。
「それと、ミレニアサファイアに仕組んだサプライチェーンで、本当に
(戦端って……まさか、戦争のこと……!?)
ミレニアサファイアがいない世界線が崩落したのは、サプライチェーン攻撃を仕掛けられたからで、その理由が戦争を起こす切欠作りだとしたら納得がいく話だ。
その後も男の話は暫く続いていた。
「うちが責任を負うようなことになっても困りますからね、あとはそちらで対応して下さいね」
男が電話を切った直後、溜め息が聞こえた。
「はぁ……面倒くせぇええ!」
先程の電話と違い、口調がガラリと変わった。
「二重スパイとか面倒くせぇ……とはいえ、戦争を起こさないためだしなぁ。悪いがヘリオライト、君の出番はないよ。そこでずっと入っててくれ。つかこの仕事が終わったら、絶対もうこの手の仕事はしねぇ。長期休暇もらおう……」
と男がぼやいている。話の内容から察するに、ここにいる男は戦争を止めたい意思が窺えた。
「(レクス、ひろ、どうする?)」
小声で訊いた瞬間、レクスは立ち上がり、コンテナから出てしまった。
「(ちょっと!? レクス!?)」
止めようとしたが、
「(何か考えがあるんだろ。続くぞ)」
レクスに続き、ひろも飛び出してしまった。
「ちょっと待って」
ひろの後を追って飛び出せば、
「なっ!? 誰だお前ら……」
男が詰問してきた。見れば先程見掛けた男達の一人で、ナノ企業株式会社の制服を着ていた。
「僕達はアウローラ高校の生徒で、探し物部という部活動をしております。今日は臨時休校になったので、友人と彼女を連れて遊びにきたのですが、マジックハウスに入ったら迷ってしまって……」
レクスは真顔で嘘を吐いたが、男の目は疑心に満ち、険しくなっていく。
「ほう? どう迷ったらここに辿り着けるんだ?」
鋭い詰問にレクスが口を開いた。
「モナ・リザが飾られていた真ん中の絵が逆転していたので、それを直したらここに辿り着きました」
レクスは淡々と答えると、男の眉間に皺が寄っていく。
「はっ、辿り着ける訳がないだろう。モナ・リザの絵を逆転して扉に入れたとしても、その後の認証パネルはパスキーを知らなければ突破できない。どうやってパスキーを知った? つぅかお前ら、何者だ?」
男の目付きは更に鋭くなっていく。
「わ、私達は……その、さっきも言いましたように、探し物部の、HRYです……」
「何だそれ、知らねぇ。それよりも、今までの会話を聞いてたってことだよな?」
男の詰問に「ああ、全部丸聞こえだったぜ」と、今度はひろが答えた。
「はぁ……そうか……じゃあ俺が二重スパイだとか言ってたのも、全部丸聞こえだったわけか……」
「はい」
再びレクスが頷くと、男は考え込む仕草を見せていた。
「それなら、仕方ねぇ」
男は懐から銃を取り出した。
「えっ……!?」
「聞かれたら困る内容だからな、俺はここからアウトするわ」
男は牽制するように後ずさり、次の扉へと向かおうとしていた。
「待ってください。僕達も協力しますよ――探し物部、HRYとして。取引しませんか?」
「は? ガキと取引する訳がないだろう。ふざけるのも大概にしろ」
男は青筋を立てて言い返してきた。
「明日、【Millennium.0660789z】のチップが空輸便でロッカーに届く手はずになっています。僕達はサプライチェーンが仕掛けられないように対策をしようと考えています」
すると男の顔付きが変わった。
「お前――……何でそのチップの番号を知ってるんだよ。あ、もしかしてお前らが今日、警戒アラームを鳴らしたり、沖縄だとか誤情報を流した奴か……?」
「はい」
レクスが頷くと、
「まじかよ……」
男は信じられないといった様子で目を見開いていた。
それから男は再び考える仕草をした後、切り出した。
「……まぁどうせ、俺もこっち側の人間じゃないしな。それに、協力者はいたほうがいいとは思ってたんだ。じゃあ、探し物部HRYとやらに協力してもらおうか。そうだ、自己紹介がまだだったな。俺は、
ユウは笑顔でレクスに握手を求めたので、レクスも握手を交わしていた。
それにしても、こんなにあっさり信用するとは信じられず、ユウを見詰めていると、目が合ってしまった。
「お嬢ちゃん、信じられないって顔をしてるな?」
「えっ、はい……」
正直に頷くと、ユウは笑っていた。
「そりゃそうだろうなぁ。けどな、俺は目利きだけは昔から得意なんだ。まぁ職業柄だが、信用できると思ったわけさ」
「そうなんですか? もし裏切ったらどうするんですか?」
「それはないな。お嬢ちゃんも、そこの二人も」
ユウは宣言した。確かに裏切ることはないが、ここまで信用するのも危うい気がした。
「さて、もうじき奴らが戻ってくるから、その前に痕跡を消してここから退散する」
ユウは何かの薬品をコンソールパネルに振り掛けると丁寧に拭き取っていく。
「これでよし。それと出口はこっちだ……あ、そうだ、一応、白衣はきといたほうがいいな。ばれたらやばいし」
ユウは三人分の白衣を棚から出して渡してきた。
「もし誰かと会ったら、研修医で通せばいい。この時間なら誰とも行き合うことはないと思うが、念の為な」
ユウはそう言って扉を開けた。ユウの後に続いて歩く道も、同じような造りになっていた。歩いている内に次の扉が見えてきた。
「着いたぞ、これで外に出られる」
◆
出た場所はテーマパークのゴミ置場だった。
「はぁ~なんか、暗ぼったい部屋からいきなり外に出たから、眩しいね」
それからゴミ置場の水色のポリエチレンの袋に着ていた白衣を捨てて縛ると、再び歩いていく。
「しっかし、まさか子供だったとはなぁ。けど最近の子供はハッキングとかも普通にできるし、大人顔負けだよな。直に俺よりすごい隊員が出てきて、解雇されたりして……まぁ、もうこういう任務はつきたいと思ってないから、別にいいけど……」
ユウは卑屈にぼやいていた。大人の事情は知らないが、大人の世界は厳しいらしい。
「あの、これからどうするんですか?」
「【Millennium.0660789z】のチップのサプライチェーンと今後の作戦について話し合う。場所は俺のセーフハウスな」
ユウの後に付いていくと駐車場が見えてきた。駐車場には白い四人乗りの乗用車が止まっていた。
「俺、助手席座るわ。前の景色が見たい」
ひろは飛び乗った。警戒心がないのが流石である。これもヒューマノイドとして算出した行動かは不明だが、ひろに続いて私とレクスは後部座席に座った。
「そういえばお前らは、なんて呼べばいいんだ?」
「ひろ、レクス、優沙で構いません」
「ちょっとレクス」
本名をそのまま告げたレクスを咎めたが、レクスは「大丈夫」と言い微笑んだ。
「なるほどな。頭文字だから、それでHRYになるのか……なるほどな」
ユウは納得した後、車を発進させた。
走って三十分が経過した頃、ユウのセーフハウスに着いた。レクスと同じように閑散とした部屋だが、広い造りにはなっている。部屋を通されて案内されたリビングのソファに三人で座ると、早速、本題の話になった。
「さて本題だが、【Millennium.0660789z】のチップはどう処理するんだ?」
「チップを処理するには、ひろがタイムリープで時間軸を飛ぶことです。サプライチェーンを止めるには、ひろがオーセンティケーターでミレニアサファイアの製造過程を、僕達に回すように書き換えてもうらうようにしようって決めてまして、下請けがあるなら、架空の下請けとなって、"Millennium.0660789z"に対抗するサプライチェーンを組み込む。そうすればどの世界線も崩壊せずに済みますから」
レクスが説明すると、
「――……は? なにそれ? つぅか時間軸に飛ぶって……なに……?」
ユウから疑問が返る。ユウの疑問は当然だろう。それに時間軸に飛べるのはひろだけなのだ。
「ひろだけは時間軸に飛べるんです。僕達は無理ですが」
「なるほど……? うーん、うん……何となくだが理解した……」
とは言うも、ユウは首を捻っている。
「そこで、僕達がした後処理は大人であるユウさんにお任せしたいんですが、可能でしょうか?」
レクスが訊くと、ユウは頷いた。
「それは当然、そうなる。そもそもそうしないと、大変な騒ぎになるしな」
「そうなんですね、それじゃあ、お願いします」
事後処理をする専門の大人がいるのならば心強かった。私はユウに頭を下げた。
「それにしても、とんでもないことを考えてたんだな。脱帽だわ……。作戦としてはレクス、ひろ、優沙がやることを見守って、事後処理は俺が担当するって感じか」
ユウはぶつぶつと独り言ちている。
「まぁそれはいいとして、連絡手段は必要だよな。連絡先はここに、アクセスしてくれ」
ユウは名刺を渡してきた。その名刺にはQRコードが記載されており読み取れるようになっていた。
「はい、分かりました。よろしくお願いします」
「しっかし度胸良いよなぁ。俺なら先ずやらんけど、どうしてこんなことをしてんだ?」
ユウの質問にひろが切り出した。
「俺がミレニアサファイアたんが好きで、こっそりオーセンティケーターを使ってミレニアサファイアたんの推し活をしていたら、ミレニアサファイアたんがいない世界線ばかりになってきて、しかも崩落してて、それを阻止する活動をしていたら、レクスと優沙に会って、気付いたらこうなった感じっす」
ひろがそこまで説明すると、
「偶然が引き寄せた結果ってやつか」
ユウは頷いた後、再び切り出した。
「青春だなぁ。危ないことも、きっと大人になったら良い思い出になるんだろうな。羨ましいよ」
「そう……なんですかね」
大人になっていないので今一分からないが、
「そうだよ」と肯定されてしまった。
「ま、大人になったら分かるさ――つぅことで、解散だ。召集する際は俺のほうから連絡する」
一先ず解散する流れになった。再びユウの運転でバス停まで送ってもらい、それぞれの家に帰宅することになった。
◆
「なんか今日は、充実した一日になったね。あっという間だったよ」
「うん、そうだね」
バスの後ろで今日の出来事を振り替えるが、レクスからは返事はあったがひろからの返事がなかった。横を見れば完全に爆睡していた。
「あれ、また寝ちゃってる」
「帰りの方向も一緒だから、また後で起こしてあげよう」
レクスはフッと笑った。
「うん、そうだね。そういえばレクスは大丈夫なの? 眠くはないの?」
「うん、僕は平気だよ。優沙はどうなの?」
「私も平気だよ。むしろ今日は寝られそうもないかな」
一日で色々なことが起きたのだ、わくわくして寝付けない気がした。
「そういえばさ、あそこの水槽にいれられていたヒューマノイド、あれ、僕に似ていた気がするんだ……」
レクスがぽつりと告げた。
「そうかな」
ヘリオライト、ベネトレイション計画、その内の一体が消えたというヒューマノイド。たしかに生け簀に容れられていたヒューマノイドはレクスとそっくりだった。それも最初に出会った頃の、レクスに――
「気のせいじゃない? だって、レクスはレクスだし。レクスでしかないよ」
だが、そうじゃないと、そう思いたくなかったから否定した。
「うん、そうだよね」
レクスは微笑んだが、表情は少し暗かった。
「ねぇ優沙」
「なに?」
「僕らしいって、どういうことかな」
レクスは真剣に訊いてきた。
「うん、レクスは周囲のことをちゃんと見て考えられるし、正義感もある。それに自分の意思を、セーブできる人だと思っているけど、そこがレクスらしいなって……」
「そっか。それが、僕なのか……」
レクスは納得するも、納得していないような口振りだった。
「レクス、気に触ったのならごめんね……」
正直、レクスに何て言えばいいか分からなかった。励ますのも違うし、今言った言葉も違うような気がした。私が子供ではなく、経験豊富な大人であれば、もっと的確な言葉で返せたかもしれない。
それからは、始終無言になった。レクスはあの生け簀に容れられたヒューマノイドを見てから様子がおかしく、何かが変化していた。何が変化したのか具体的には分からないが、先程から考え込んでいるようだ。
『次は城ケ崎町、次は城ケ崎町です』
気付けば降りる町になっていた。
「レクス、ボタンを押してもらっていい?」
「うん」
ボタンはレクスに頼み、隣で爆睡しているひろの肩を叩いた。
「ひろ、起きて! 降りるバス停にもうじき着くよ」
「……ん? あれ……? 俺、寝てた……?」
寝ぼけ眼で口にした。寝ていたことすら覚えていないほどお疲れのようだ。
「寝てたよ、思いっきり爆睡だった」
「そっか……ふぁあ! よく寝た……」
それから私達はバス停を降りて、歩いていく。
◆
「それじゃあ俺はここで、またな! 今日は楽しかったぜ」
「うん、また」
「またね、ひろ」
ひろと途中で分かれ、レクスと歩いていく。
(レクス、さっきから何も喋らないけど……大丈夫かな?)
しかし何を話していいか分からず悩んでしまう。
(このタイミングで晩御飯の話をするのは違うし、うちの家族の話をしても意味ないし――……やっぱり、生け簀の話のほうがいいのかな……?)
レクスは恐らく、生け簀のことを気にしている。それは私も一緒だ。あの生け簀の中を見た時に、最初に会った時のレクスとそっくりだと思ってしまった。ただ似ているだけなのかもしれないが、あそこから一体、行方不明になっているという話も耳にした。となれば、レクスの可能性も捨てきれない。
しかしレクスは、ひろが時間軸に飛んだ時に集めていた型番には属していなかった。その件ではレクスの可能性は低いが、
(もしもレクスが、特別だとしたら……)
そちらの可能性は高い。レクスが特別なヒューマノイドだとしたら、データには残っていないのかもしれない。それはユウの電話の内容で把握した。
「優沙」
隣を歩くレクスの足が止まった。
「どうしたの?」
「今から、僕のアパートにこない? まだ時間あるし、どうかなって思って……帰りはまた送るから」
「うん、いいけど……」
レクスの顔は相変わらず沈んだままで、何を考えているかは分からない。
もっともそれは、私も同じだ。レクスにどのように接してあげればいいか、さっぱり分からなくなっていた――
レクスの部屋に付き、ソファに腰かけたが、相変わらず無言の時間が続いていた。何か喋るわけでもなく、二人で座って無言になっていた。だが苦痛ではなかった。苦痛ではないが、このままでは時間だけが過ぎるてしまうのでレクスに話し掛けた。
「あの、さ……マジックハウスの奥に行って、あの生け簀を見てからだよね……。やっぱり気になるよね?」
「うん」
その話題を出せば、直ぐにレクスから返事が返った。
「そっか……やっぱり、気になるよね」
私はレクスと手を繋ぎ、口にした。
「似てるかもしれないけど、違うと思うよ」
「優沙、その発言は、僕のことを気遣って言ってるよね? けどいいよ、分かってるから」
矢張り心の中のことを見透かされているらしく、レクスに指摘されてしまう。見透かされているのならこれ以上、取り繕っても無意味なので思ったことを伝えることにした。
「私はさ、もしもレクスが、そのベネトレイション計画の一体だったとしても、私はレクスの側にいるよ。さっきも言ったけど、レクスはレクスじゃん」
安直かもしれないが、これが今の私の思いだ。うまい言い回しもできないのは自分でもよく分かっているが、そのまま思ったことを伝えてみれば、レクスが口を開いた。
「けど、今は僕かもしれないけれど、もしもこの先、僕が僕じゃなくなったら……」
「その時は、その時になったら考えよう? 私もいるし、ひろもいる。それに、ユウって大人も。きっと何とかなる――ていうか、そうならないって願おうよ、ね? それに言葉にすると、起きちゃうかもしれないし、悪いことは言わないようにするのが一番だよ」
これは気休めにしかならないかもしれないが、レクスはようやく微笑んでくれた。
「ありがとう、優沙」
「気にしないで。それに私は、レクスの彼女だし」
とはいえ、理想の彼氏を作ったに過ぎないのだが、それを考えると堂々巡りになりそうなので考えるのは止めた。
「やっと笑ってくれた」
「優沙のおかげだよ。そうだ、何か食べたい物はある?」
「うーん、晩御飯があるから……」
そこでスマホが鳴った。見ると母親からの電話だった。
「もしもし?」
『あ、優沙ちゃん? 今からお父さんのところにお弁当を届けることになったのよ』
「そうなんだ、それじゃあ晩御飯はどこかで食べてくるね」
母との通話を切りレクスに告げた。
「聞こえちゃったと思うけど、晩御飯、どこかで食べることに決定しました」
するとレクスは微笑み、
「それじゃあ作るよ」
と告げた。
「それじゃあ、私も一緒に手伝う」
ということで、レクスと一緒に晩御飯作りがスタートした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます