第3話 疑惑渦巻く陰謀
夜の公園は静かだった。静かだからか、自ずと今の気持ちを冷静に整理することができた。
「レクス、さっきはごめんね。レクスだって不安を抱えているのに、私ばかりな意見で、レクスを傷付けたよね……」
レクスの手を握りながら伝えると、レクスは「そんなことないよ」と否定して切り出した。
「僕だって優沙を不安にさせるようなことばかりしてたから。直ぐに心を読み取って、優沙を不安にさせないようにしてた。けどそれが、かえって優沙を不安にさせてしまったよね……」
「うん……でも、お互い様じゃないかな?」
「そうなのかな……?」
レクスがじっと見詰めてきた。
「そうだよ、お互い様だよ。というより、そう思うことに決めた。偶然とか、必然とか、考えないことにした。それよりもさ、レクスとこれからも一緒に学んでいきたいし、ひろの問題も解決させたい、探し物部としてね――って、単純過ぎかな? うーん、もっと慎重になったほうがいいのかな……って、レクス、どうしたの?」
「えっ?」
「涙を、流してるから……」
レクスの瞳からは紛れもなく涙が出ていた。
「ごめん……安心したら、なんか胸が熱くなって」
「はい」
レクスにハンカチを渡せば、レクスは「ありがとう」と言い、目元を押さえていた。
(そういえばひろは、レクスを見た時に、高性能ヒューマノイドだって言ってたよね……)
造り手の記憶がないのに、そのことだけははっきりと断言していた。
(もしかして、記憶喪失とか……?)
最初は自分が被験者にさせられていると思い込んでいたが、記憶喪失の可能性もあるかもしれない。
「優沙、これからもよろしくね。また迷惑を掛けることになるかもしれないけれど」
レクスの涙は止まったようだ。だが目尻の皮膚がうっすらと赤くなっている。
「うん、こちらこそ」
それからレクスに、家まで送ってもらった。手を繋いで帰るのは初めてで少し緊張したが、家について離れた頃には何故か寂しくもなり不思議だった。
「またね」
レクスを見送り自室に戻って暫くした頃、再びメッセージが届いた。
【優沙、ありがとう】
たった一言だけだが、ぱっと胸の内が暖かくなった。
【うん、こちらこそ。また明日ね】
そう返し、明日の支度をしてから就寝した。
◆
いつも通りの時間に起き、身支度をしてリビングに向かえば朝食の準備がされていた。
「おはよう、優沙」
「おはよう、お母さん」
キッチンで洗い物をしている母と挨拶をしてから席に着いた。
母が作る何時もの朝食は、つやつやのご飯に、今日は油揚げとワカメと豆腐の味噌汁、それとカリカリに焼かれたベーコンに目玉焼きだ。
「いただきます」
手を合わせて食べようとしたところで洗い上げが終わったのか、蛇口を絞る音が聞こえ、
「優沙ちゃん、お母さんに何か話すことはない?」
やけに優しい語調で問い掛けられた。
「話したいこと?」
(今日って、何かあったっけ……?)
考えてみるも、何も思い浮かばなかった。
「多分、何もないと思うけど」
「本当に?」
母は私の方には振り向かず、声のみで訊いてくる。
(えっ、何かあったかな?)
そう考え、昨晩のことを思い出した。昨晩、父にもだが、母にも何も言わずに家を飛び出してしまった件だ。もしかしたら、心配になって帰ってくるまで窓の外を覗いていたのかもしれない。もしも覗いていたとしたら、レクスが家まで送ってくれたのも当然、目撃しているに違いない。
(そういえば、彼氏としてまだ紹介していなかったよね……)
「えっと、やっぱり、あるかも……。その、昨晩、何も言わずに家を飛び出しでごめんなさい! けど、やましいことはしてないよ。直接会って、話したいことがあったんだよね。お互いに誤解してたから、どうしても昨日の内に誤解を解きたかったし、謝りたかったの」
そこまで話すと、母が口を開いた。
「そうだったのね。でも、無理に内容は話さなくていいわよ」
「えっ? どうして?」
「何となくだけど、見れば分かるわよ。それに、焦って出ていった感じだったからね。ただね? 今度からは、私でもお父さんでもどちらでも構わないから、一言、言ってちょうだいね? 何も言わずに突然、出ていかれたら心配になっちゃうから」
「うん、そうする」
母の話はそれで終わった。どうやら納得はしてくれたらしい。それ以上訊かれることはなかったが、レクスの話をしたのは今回が初めてなので、そわそわしてしまう。
とはいえ、名前がレクスで、彼氏とも紹介はしていないのだが。
「優沙ちゃん、はい、お弁当」
それから暫くした頃、母がお弁当を渡してきた。
「ありがとう」
バンダナで包まれたお弁当を受け取ればまだ出来立てのようで温かい。
ともあれ、お昼の時に開けるのが楽しみだ。
「そういえば今日は、午後から雨が降るみたいだから、折り畳み傘を持っていたほうがいいわよ」
「えっ、そうなの?」
「ええ、今ならちょうど、テレビで天気予報をやってるから」
そう言って母がテレビをつけると、天気予報が流れていた。どうやら今日は午後から雨が降るらしい。天気予報が終わって間も無く、速報が入った。
『速報です。ナノ企業株式会社が経営する研究施設から最新技術の人工知能がついたヒューマノイドの何体かが何者かによって持ち出される事件が相次いで発生しています。人工知能がついたヒューマノイドが盗まれる事件は数十年前から発生していますが、去年から今年に掛けて、その数は数百体に増加。いずれも見付からず、捜査が難航しております。ヒューマノイド専門の捜査局は調査を進めていますが、いずれも手掛かりはなく、外部と内部の犯行の線を見て調査を進めているようです。続いてのニュースです。今年も早咲きの……』
「何のヒューマノイドかしらねぇ」
疑問めいたように母が声が告げたが、私は直ぐにレクスとひろを思い浮かべてしまった。もしかしたらレクスとひろが、その盗まれたとしたヒューマノイドの可能性があるかもしれないのだ。現に二人とも、造り手のことは覚えていなかった。
「それじゃあ、いってきます」
「はい、いってらっしゃい。気を付けてね」
(レクスに会ったら訊かなきゃ!)
自ずと、小走りになってしまう。
レクスと待ち合わせの公園に辿り着くと、レクスがすでに待っていた。レクスは私に気付き、手を振って微笑んでいる。私は急いでレクスの元に駆け寄り挨拶をした。
「おはよう、レクス」
「おはよう優沙」
「ねぇレクス、今日の朝のニュース見た?」
「ニュース? いや、見てないけど……何かあったの?」
レクスが首を傾げていた。どうやら何も知らないようだ。
「なんかね、数十年前からヒューマノイドが盗まれる事件が発生していたけど、去年から今年に掛けて、その数が増加傾向になってるって、さっきニュースで言ってて。あと、ナノ企業株式会社の研究施設から持ち出されたって……もしかしてレクスは、そのナノ企業株式会社の……」
「違うよ」
レクスは私の言葉を遮り何故か強く否定したが、違うというわりにはレクスの顔は少し険しい。
「ねぇレクス、やっぱり……」
「違うよ、僕じゃない――多分……」
自信がないらしく、気になっているのか、レクスからは懸念の色合いが見えた。
「その……もしもさ、レクスがその盗まれたヒューマノイドだった場合、どうするの?」
可能性は決してゼロとは言いきれない。何かの拍子でレクスが置き去りにされて、誰かが回収する手筈になっていたかもしれないのだ。つまり、私と出会ったことで、回収が不可能になった可能性も考えられる。
「僕は、このままでいい。優沙とずっと、一緒にいたいから」
レクスはにこりと微笑み、私に手を差し出してきた。昨日の晩、初めて繋いだレクスの手の感触。人と同じで、温かかった。私はその手を取り握り返した。
「うん」
レクスの出した答えが間違いだったとしても、私の判断が間違いだったとしても、きっと、誰にも分からないことだろう。
「行こう?」
レクスに言われて頷き、手を繋いだ後、学校へ向かう道を歩いていく。
「今日も部活動が楽しみだね」
「うん」
先程の話題を遠ざけるようにして話せば、レクスもそれに答えてくれた。レクスと他愛のない会話をしている内に学校が見えてきた。
「そろそろ学校が見えてきたね」
「うん、そうだね」
流石に手を繋いで入るのは気が引けたのでパッと離せば、レクスから盛大な溜め息が聞こえた。
「名残おしいなぁ、帰りが待ち遠しい」
レクスはそう言って私を見詰めてきた。
「大袈裟だね」
「そうかな」
と言いながら歩いている内に、正門まで来てしまった。正門を通過した頃、
「おーい、お前らぁ! おはよう!」
大きなひろの声が後方から聞こえた。
「おはよう、ひろ」
振り向きながら挨拶をして間も無く、ひろは告げた。
「今朝のニュース見たか? ヒューマノイドが盗まれているって事件」
先程、レクスと話していた話題になった。ひろも見ていたらしく、懸念顔だ。
「あのニュースで気になったことがあってさ……ああそうだ、今日の放課後に話すわ。それじゃ!」
ひろは慌ただしく校舎に入って行った。
「行こっか?」
気にせずにレクスに声を掛ければ、レクスは頷いてくれたが、浮かない顔をしていた。
放課後になったのでレクスと共に八階の探し物部へ直行すれば、ひろがそこでパソコンを打ち込みながら何かの作業をしていた。
「何をしているの?」
「ほら、ナノ企業株式会社のニュースを見てさ、盗まれたヒューマノイドの型番を調べていたんだよ。もしも俺やレクスがそうだとしたら、こうなっている状況の手掛かりにもなると思ってな。そもそも俺はオーセンティケーターができるヒューマノイドだろ? 俺は推しのためにやっていたけど、もしもそういう風にやらされていたとしたらって考えてな」
私が懸念していたことを、どうやらひろ自身も感じていたようだ。
「それでひろは、もしも自分が盗まれたヒューマノイドの一体だとしたら、どうするの?」
「どうもしないさ、このままこの生活を続けるよ」
ひろの答えはシンプルだった。この場合、自らそのヒューマノイドだと名乗り出ると思ったが、ひろもレクスもこの生活の維持を選択していた。
「そっか」
「優沙、呆れた?」
レクスに訊かれたので首を横に振った。
「ううん、全然。どちらかというと、ちょっと安心したかも」
レクスもひろもいなくなってしまったらこの部はなくなる。もっとも、この高校生活を一人で送ることを考えるだけで滅入りそうだ。それにレクスとひろがヒューマノイドだとばれればその噂も広まるだろう。そうなれば自ずと私は、周囲から何かと言われることになるかもしれない。レクスとひろを失うだけでなく私自身も後ろ指を指されるかもしれない。
(あれ? これって結局、自己保身なのかな……)
私はただ、自分の今の居場所を守りたいだけなのかもしれない。
(私って意外と、嫌な奴かも……)
「それはないよ……って、ごめん……」
レクスが私の思いを読み取ったようだが直ぐに謝罪された。
「怒ってないよ。けど、ありがとう」
私は人一倍、エゴが強いのかもしれない。この生活を壊したくないがために、ナノ企業株式会社の事件は知らないふりをして生活したいと考えてしまっている。たとえそれが、ナノ企業株式会社に不利益を与える結果になっても。
とはいえ、レクスとひろがどのような経緯でここにいるかは知りたいところだ。この生活を続けながらも真相は知りたかった。
「ねぇ、このままの生活は続けるのはいいとしてさ、私達で探ってみない? 盗まれたヒューマノイドのことを探し物部の、HRYの活動としてさ。だって気になるでしょ? レクスも、ひろも」
「まぁな。気になるから調べたい」
ひろは頷いた。
「うん、このままもやもやするぐらいなら調べたい。けど秘密裏にね」
レクスも頷いていた。
「それじゃ、決まりだね」
私、レクス、ひろは、また秘密を抱えて共有することになった。恐らく、悪いことなのかもしれない。だがそれよりも、この高校生活を第一として選んだだけの話だ。
◆
「さて、ナノ企業株式会社について調べてみたんだがその前に一つ、お前らに謝ることがある」
「え、なに?」
ひろが神妙な面持ちで告げたので聞き返せば、勢いよく頭を下げて――
「お前らが授業を受けている間に、ちょっとだけ時間軸移動してました……オーセンティケーター的なことはしてないが、過去の資料が気になってさ。今まで推しのミレニアサファイアたんだけに使っていたんだが、あのニュースが気になって……」
「え、でも衝撃起きなかったよ?」
「そりゃそうさ。衝撃はこの部屋限定で起きるだけだから。俺が描いたシステム魔方陣はその部屋限定だからさ」
「なるほど、そうなんだ――って、勝手にやったらダメでしょ!」
「悪かったって……今度からは使う前に、優沙とレクスに相談すっから」
ひろはしょぼくれていた。どうやら反省はしているらしい。
「ひろ、過去のナノ株式会社を見てきたんだろう? どうだったんだ?」
レクスが訊くと、ひろはスマホを取り出して画面をスワイプしていき見せてくれた。
「これを見てくれ」
するとそこには、型番の英数字がずらりと表になって載っていた。
「へぇ! 沢山書いてあるね」
「ああ、それで調べてはっきりしたんだが、俺の型番はここには記載されていなかったんだ」
「え、それじゃあひろは、ナノ企業株式会社から盗まれたヒューマノイドじゃないってこと?」
「ああ、そういう話になるな」
となればひと安心だが、レクスはどうなのだろうか?
「そういえば型番っていうのは、どこにあるの?」
「型番は耳の裏側にある、ほら」
ひろはそ言って見せてくれたが、見えなかった。
「全然見えないけど?」
「人が見るには、専用の特殊な眼鏡をかけないと見えないようになっているんだよ。肉眼で見るのは不可能なんだよな」
「そうなんだ。それじゃあ、レクスのもそうなのかな?」
「うん」
そう言って、レクスも耳の裏を見せてくれたが見えなかった。
「レクスも型番を調べてみた?」
「うん。けど、僕の型番もなかったよ」
「そっかぁ」
ナノ企業株式会社ではないのは分かったが、そこで気になったのは、ひろの発言だ。
「ねぇひろ、最初に会った時のこと覚えてる? ここの探し物部の教室で」
「ああ、覚えてるけど。それがどうしたんだよ?」
「その時にさ、レクスに、最新のヒューマノイドって言ったことは覚えてる?」
「ああ」
「どうしてレクスが最新のヒューマノイドだと分かったのかなぁってずっと不思議で……。どの辺が違うの?」
「それか」
ひろは頷いた後に切り出した。
「簡単な話さ、見た目だよ」
「見た目?」
私が首を傾げると、
「最新のは和風から離れた造りになっているからさ。ちなみに俺は、日本男児特有の特徴があるだろ?」
とひろが返した。
「なるほど……?」
それで納得していいかは分からないが、とりあえず納得することにした。
ともあれ、レクスもひろもナノ企業株式会社とは無縁だと分かり安心はできたが、ナノ企業株式会社から盗まれたというヒューマノイドの行方が気になってしまう。
「ヒューマノイドってさ、分解されたりしちゃうのかな?」
疑問が浮かび、それを口にすれば、
「あるよ、分解された後は再生利用される。色々な物にね。けど盗まれた物は最新だから、どうなんだろうね……」
レクスが答えてくれたが、どうなるかまでは知らないようだ。
最新のヒューマノイドが何百体も盗まれているとニュースでは言っていた。となれば、外部犯より内部犯の可能性もあるかもしれない。
「あともう一つ、面白いことが分かってさ」
ひろが再び切り出して、スマホの画面をスワイプして見せてくれた。
するとそこには、ひろが好きな推しのミレニアサファイアの限定フィギュアが映りこんでいた。どうやらナノ企業株式会社で企画開発していたらしい。
「ミレニアサファイアは、ナノ企業株式会社が造ってたんだね」
「ああ。ナノ企業株式会社で製造もしているが、下請けにも発注しているそうだ。だが驚きなのは、そこじゃなくてさ」
ひろはそこで一旦話を切ると、再び切り出した。
「前に言っただろ? 俺の推しのミレニアサファイアたんがいない世界線は崩壊してたって」
「うん」
私が頷けば、
「そうだね、ひろは確かに言ってたよね」
レクスが同調するように頷いた。
「そこで俺は、そのミレニアサファイアたんに、サプライチェーン攻撃を仕掛けられたと考えたんだ」
ひろは宣言したが、サプライチェーン攻撃の単語も意味も分からず首を捻ってしまう。
「えっと、サプライチェーン攻撃って?」
用語が分からず聞き返すと、レクスが切り出した。
「サプライチェーン攻撃というのは、たとえばだけど、僕のようなヒューマノイドが生産されて、そこから物流、販売が決まって消費者に届くまでの過程があるよね? 消費者に流通するまでの過程の中で、ソフトウェア、マルウェア、バックドア、
「そうなんだ――って、そうなってるからこそ、ミレニアサファイアがいないというか、サプライチェーン攻撃の証拠隠滅でいなくなってるんじゃないの!?」
「そゆこと。優沙、いい線言ってんな」
ひろに褒められたが、嬉しい気持ちはなく、とてつもなく危険なことに首を突っ込んでいるのでは? と、懸念してしまう。
「え、でもさ、それがミレニアサファイアだったとして、どうやって食い止めるの?」
「問題はそこなんだよな。ナノ企業株式会社のミレニアサファイアを請け負っている下請け企業を調べてみたら、日本国内だけじゃなくて、海外でも手広くやっててさ」
再びひろはスマホの画面を見してくれたが、ざっと十社以上はあった。
「うわぁ……これ、問い合わせるにしても無謀じゃない?」
「いや、そうでもない! ガチ勢オタクをなめたらあかんのだ!」
「どういうこと?」
ひろがビシッと指を指してきたので聞き返せば、ひろは再びスマホの画面をスワイプして差し出してきた。
「なんと! ミレニアサファイア限定商品をコレクトしているガチ勢を見つけて、その中でも観賞用、使う用、解体用として集めていた変態を見つけたんだ! ミレニアサファイアの顧客リストもナノ企業株式会社からコピーしてきたぜ! しかもなんと、まだ発売前のミレニアサファイアの限定フィギュアもご贔屓として贈呈されてんだよ!」
ひろは力説した。
「じゃあその人から情報を聞き出せば、どの世界線も止められるってことになるのかな?」
「ご名答!」
ひろはふんぞり返るように告げた。
「ちなみにその人は、どこに住んでいるの?」
「ミレニアサファイアの聖地――……沖縄だ! しかもこのガチ勢のオタクはオープンチャット付きのサイトを持っているので、いつでも連絡が可能だ!」
という訳で、早速オープンチャット付きのサイトを開いてみれば、ミレニアサファイア好きなオタクなのは一目で分かった。もはや、ミレニアサファイア一色で、目がチカチカする程だ。ちなみにサイト名は【ミレニアサファイア好きの部屋】と掛かれていた。
「これ、眼によくないかも……」
「すごいね。僕の眼でもちょっときついかな」
レクスの高性能な眼球でも耐えられないのか、何度かまばたきをしていた。
「それで、どうやって聞き出すの? ていうか、ちゃんと話ができる人なのかな……?」
たまに会話のキャッチボールが出来ない人がいるので気になってしまったが、
「その点は問題ないだろう。同じミレニアサファイア好きとしてきっと話が弾むに違いない」
ひろ曰く、大丈夫らしい。それからひろはオープンチャットに入室した。ミレニアサファイアは見たことがあるが、内容は知らないのでここからはひろ任せになった。
以下、ひろと沖縄のミレニアサファイアガチ勢ファンのやり取りだ。
ちなみに匿名Hがひろで、シーサーが沖縄のミレニアサファイアガチ勢となっている。
【匿名H】≫初めまして、こんにちは
【シーサー】≫初めましてこんにちは
【匿名H】≫早速、ミレニアサファイアを分解した件についてお聞きしたいことがあるのですが、詳しく聞いてもいいですか?
【シーサー】≫勿論です。ミレニアサファイアの限定フィギュアを分解した際、不思議なチップを見つけました。これになります ⇒ https://Millennium-sapphire.jpg
リンクが貼り付けられた。ひろが開いてみると、そこには分解されたミレニアサファイアと共に小さなチップの画像が貼り付けられていた。ひろがクリックして拡大すると、そこには英数字と共に番号も書かれていた。
【
「これ、何の番号だろう? 型番かな?」
「安全なサーバーでググってみる」
ひろは独自のサーバーで検索をしていたがヒットしなかった。
「もしかして衛星――とか……?」
レクスがぽつりと告げると、ひろは「それだ!」と言い再び調べ、「レクス、衛星だったぜ!」と告げた。
しかし衛星だとして、それをミレニアサファイアに仕込み直結させる意味が分からない。疑問が浮かぶ中、シーサーからメッセージが届いた。
【シーサー】≫もう、いいですか?
【匿名H】≫はい、どうもありがとう御座います。
そこでオープンチャットを終えたが、衛星番号の事実に眉を顰めてしまう。
「これ、探し物部の部活動では手に負えない案件じゃないの?」
あまりに次元が違う話に腰が引けてしまう。
「けど、やらないとミレニアサファイアがいない世界線は崩壊するしな……」
ひろは真面目に切り出した。
「誰かに、大人に相談したほうがよくない?」
崩壊は止めたいが、私達では手に終えない気がした。代替え案のつもりでひろに返すが、ひろは「うーん」と唸り黙してしまった。
ここは大人に、何なら専門の人に事情説明をして、対策や後任を任せる案件ではないのかと。
「それは、無理かもしれない」
だが私の代替え案に、レクスが首を振って否定した。
「どうして?」
「それをしたら勘のいい大人は、僕やひろがヒューマノイドであることも、ミレニアサファイアの件も、ナノ企業株式会社のことも気付いてしまうかもしれない」
とレクスが見解を告げた。
「それじゃあ、この件も、いっそのこと引く……? って、ここまで知っといて、今更引くこともできないよね……」
ミレニアサファイアがいない世界線は崩壊するという。しかもそのミレニアサファイアにサプライチェーン攻撃が仕掛けられていたとしたら尚更、引き返す訳にはいかない。
「引くなんて無理だ、当たり前だろ」
ひろが断言すると、
「それはそうだよね、どうしようか――……うん、少し算出させてね」
レクスはそう言って眼を閉じた。レクスは良い案を思案しているようだ。
(なんか、すごいことになってきちゃったなぁ……)
偶然が必然を引き寄せて、こんなことになるとは思いもしなかった。ひろとレクスがナノ企業株式会社から盗まれたヒューマノイドかを調べる内に、それがひろのミレニアサファイアに繋がり、そのミレニアサファイアの限定フィギュアに入っているチップが、どの世界線も崩落させてしまう元凶で、ミレニアサファイアに仕込まれたチップのサプライチェーンは衛星からだという。ここまでくると、私のような何も知らない学生が踏み込んでいい次元の話ではない。
(本当にこのまま、突っ走ちゃって問題ないのかなぁ……?)
私は普通の高校生活を送る予定でいた。普通に青春して、普通に部活をして、普通に授業をして――……だけど、普通というのは、自分が追い求める理想でしかない。自分からは普通だと思っていても、相手からしたら普通ではなく、普通に見えないかもしれない。
そもそもレクスというヒューマノイドと出会ってから理想の彼氏として今日まで生活をしている。その生活は、普通とはとても言い難い。しかしだからと言って、今更その生活を止めて、ヒューマノイドではない人との青春を謳歌するのも何かが違う気がした。
「うん、算出できたよ」
束の間、レクスが口を開いた。レクスを見遣れば口角が上がっている。
(良い考えでも浮かんだのかな?)
レクスに向き直ると、レクスは切り出した。
「大人にばれないように、今まで通り、探し物部HRYとして活動しよう。優沙、心配しないで。僕とひろが解決させるし必ず、守るから」
レクスは柔らかく微笑んだ。
「うん」
一応返事は返したが、一縷の不安が過る。今までばれてきてはなかったが、ただばれてないだけなのか、それともばれた上で泳がされているだけかもしれないのだ。
「よし、そうなったら今日はここまでにして、各々、考えをまとめよう。勿論、優沙もな? 探し物部の部員なんだ、優沙なりにも案をバシバシ出してけよ? それじゃあ今日は解散」
ひろはそう言って部室を出て行った。
「それじゃあ、私達も帰ろっか?」
「うん、あとまた……家まで送ってもいいかな?」
「えっ、うん。それは、勿論……よろしくお願いします」
ひろがいなくなり、レクスと二人きりになった瞬間、そわそわしてしまう。
◆
学校から遠ざかり人通りも少なくなった頃、レクスと再び手を繋いで歩いていく。手を繋いで帰るのがこんなにも楽しく感じてしまうから不思議だ。不思議といえば、レクスやひろや私も含め、不思議だ。まるで最初から出会うのが当たり前だったかのように今を過ごしている。
「なんかさ、幼稚園や小学校や中学校の時よりも、今のほうが楽しくて、スリルもあって、この毎日がずっと続いて欲しいなって思うよ。すごく当たり前の感想かもしれないけど、こういうの、青春っていうのかな? 悪くないなぁって思ってる」
私がそう切り出すと、レクスは笑っていた。
「そっか、優沙もそう思ってたんだね。実は僕も、そう思ってたんだ。ヒューマノイドなのに、いけないことだって分かってるのにさ――だけどそれが楽しくて、制御できないなって思ってる」
「ふふっ、レクスもか」
制御できないというのは感情のコントロールのことなのだろう。それだけレクスも、この出来事に興味を持っているのかもしれない。かくいう私も、その一人だ。
「ねぇレクス、この件が無事に終わったらさ? みんなでパーティしない? 誰にも知られないでやったことを私達の秘密にしてさ、打ち上げるの」
「良いね、やってみたいな」
「明日、ひろにもその件を言おう」
「うん」
ミレニアサファイアに仕掛けられた、衛星に繋がるサプライチェーン攻撃を食い止めた世界線が一つでもあれば、他の世界線も救われる――どう救われるかは全く想像がつかないが、その世界線は見てみたい。
レクスと再び他愛のない話をしている内に、いつもの公園の前に差し掛かった。公園の前から五分で家に辿り着く――と思った時、レクスの握る手の力が少しだけ強くなり、公園の方へ引っ張られてしまった。
レクスの行動が分からないが、私はレクスと共に公園に足を踏み入れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます