月夜の森の従騎士
三文小説家
月夜の森の従騎士
20世紀末、欧州の一角で戦争が起きた。大国と小国の間で勃発した戦争は当初、大国側が有利に思えたが、小国側は新兵器を作る事で戦況が逆転。小国側の勝利に終わった。その兵器達の名は《アルファオメガ》と呼ばれ、A~Zの
戦争の後、勝利の象徴たる彼女達は《アルファオメガ》の代わりとなる名を与えられ、専用の住処を用意され、一部の事象に対してではあるが警察よりも上位の権限を与えられるようにまでなった。
21世紀になって与えられた彼女達の名は、《月夜の森の従騎士》。
「この森で行方不明者が多発している?」
欧州の一国、トワイライト公国に存在する、通称『月夜の森』。その中に位置する屋敷で、主であるミュオソティスは怪訝な顔をして渡された書類を読み、「はて?」と首を傾げた。秘書であるミントが「ああ、それですか」と疲れた顔を見せる。
「なんだか、遊びや採集目的で月夜の森に入り込んでは行方不明になる事件が多発しているのだそうです。最初は警察が捜査していたのですが、遺留品一つ見つからなかったそうで」
「ああ、そういえば、随分前に警察関係者が森を調査したいと言ってきたな。それか」
「何かと難癖をつけて捜査しようとするので、いつものことかと流していましたけどね。足元でこんな事件が起きているとは……という感じです」
この屋敷に住む者達は、一部の件に関しては警察よりも上位の権限を持っている。それを疎ましく思う者達が粗さがしのために捜査員を派遣してくることは珍しくない。大抵はその上層部への〝交渉〟で終わるのだが、一件だけやけに粘ってきた事があったのだ。
調査範囲は屋敷ではなく森であり、見られて困るものも無いので許可したのだが、後から行方不明事件だと知らせてくるとは、どれだけミュオソティス達に頼りたくないのか。今回の捜索で警察関係者にも被害が出たという事でようやくミュオソティス達に知らされたのがそれを物語っている。
「全く、人の手が入っているとはいえ森は迷いやすく、怪異も出やすいというのに、不用心な奴らめ」
「そもそも他人の私有地に勝手に入って遊ぶなという話では?」
過去に屋敷の者の能力で境界線を引こうとしたことも有ったが、思った以上の批難に晒され、それは叶わなかった。おかげで勝手に入ってくる人間達が色々やらかす。
そもそも、月夜の森は怪奇現象が起きやすいと評判の森で、半ば嫌がらせのようにミュオソティス達をそこへ押し込んだ上に、管理権限も渡されていない。そのせいで、ミュオソティス達は自分達が住んでいる場所でありながら、全域の半分も把握できていないのだ。強引に権限を奪取する手段もあるにはあるが、かなり危険であるため徒に使うのは憚られる。
「それで、この件は如何いたしますか?」
「足元で異変が起きている以上、対処するしかないだろう。我々、ひいてはアイリスお嬢様が巻き込まれでもしたら目も当てられん」
「あの方であれば、巻き込まれても生還しそうですけどね。しかし、それはそれとして癪ではあります」
アイリスとは、ミュオソティス達と親しくしている公爵令嬢だ。21世紀においては珍しく、完全な貴族制が如実に存在するトワイライト公国においては彼女の家は絶大な権力を持つが、ミュオソティス達が彼女を慕っているのは彼女の持つ権力に惹かれてではない。
昔、ミュオソティス達はアイリスに救われたのだ。そして、彼女を真の騎士として自分達は従騎士を名乗っている。
関係の無い話題は一度切り上げて、ミントはこの任務に誰を派遣するのか尋ねる。ミュオソティスは思考を仕事に切り替えて考える。
「そうだな……〝L〟、〝D〟、〝P〟を派遣しよう。後は念の為、生存者や遺品の捜索のために別働隊として〝Z〟もだな」
部下たちを名前ではなく、製作者より与えられた
自分達の敷地内ではあるが、ミュオソティス
「……ここだな」
「まだ午前中なのに、鬱蒼としてるなあ……よくこんな所に来ようと思うね~」
「洞窟に宝物を見つけに行くようなものでしょ。道があるなら人は行くよ。第一、住んでる私達が言えることじゃないし」
三番目のセリフに対して、二番目のセリフを発した少女が「それもそっか」と答える。発言の主は、上から順番にD、L、Pという
「でもさー。自分から危険に突っ込むような人は幸運も助けられないんだよ~」
「だな。最初の2,3人が行方不明になった時点で警戒すべきだったんだよ。戦争が無いってのは歓迎すべき事だが、平和ボケも大概にしてほしいぜ」
Lの嘆きにDは同意しながら足を進める。月夜の森の該当区域に何度か人は入っているが、屋敷の周りや普段使用している道とは比べようが無いほどに荒れ果てており、雑草や樹木が好き放題生えている場所だ。Pの能力とDの伐採で道を作っているから何とか進めるが、そうでなければかなり骨を折る事になる。
何が生えているのか知らないが、他人の私有地、それも整備が行き届いていない場所で何をやっているのか。「仕事を増やすんじゃねえ。殺すぞ」といいたいところだが、生憎と言うべき相手は死んでいる可能性が高い。従騎士達の心境としてはダーウィン賞を贈りたい気分である。確か、実際にあったはずだ。洞窟に財宝があると信じ、忠告を無視して強行した結果命を落とした受賞者の事例が。財宝はあったのか、それとも眉唾だったのか、真実は洞窟の中の闇に葬られた。
閑話休題
徐にPが発言する。
「それにしても、これほど雑草だらけとはいえ、行方不明者の痕跡が一つも見つからないのは妙よね」
「……全問正解する確率と、全問間違える確率は同じ。みたいな話に通ずる部分があるよね~。こればっかりは偶然じゃない。行方不明者がどんなに不運だったとしても、これはおかしいよ」
「何が起こるか分からねえからな。我ながらありきたりだが、気を付けろよ」
それは
『最近、この区域で行方不明者が多発しているらしい。なので君達には原因を調べてきて欲しい。ただし、慎重にな』
手に負えないと判断したらすぐに帰還するようにとも言い含められた。冷徹ではあるが、部下想いの良い上司である。
「と、何か来たみたいだね」
Lがいち早く敵の襲来を知らせた。いよいよ、《月夜の森の従騎士》の戦闘が開始される。
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