ARISTERA REALiZE

RITERA

序章

第1話 静止した日常


朝の空気は、どこまでも透明だった。東京都郊外の閑静な住宅街。二階建ての一軒家、その一室で如月きさらぎれいは薄暗いカーテン越しの光をぼんやりと眺めていた。

PCの冷却ファンが低く唸り、画面には昨夜まで没頭していた武侠ゲームのログイン画面が映る。黎の指は動かない。

「……今日も、何も変わらないな」

呟きは誰にも届かない。部屋の外からは妹の如月きさらぎ紗夜さよの足音と、母・如月きさらぎ美和みわの食器の音が微かに響いてくる。父・如月きさらぎ正志まさしは既に出勤したらしい。

黎はベッドの上で膝を抱え、天井を見上げた。

(俺は、何のために生きているんだろう)

専門学校を中退してから三年。友人もいない。外に出る理由もない。家族との会話も、必要最低限だ。

PCの画面に映るのは、剣と仙人、天魔が跳梁する異世界。黎は幼い頃から、そんな世界に憧れていた。現実の自分とは正反対の、強く、美しく、孤高の存在。

――だけど、現実は違う。

「兄さん、ご飯できてるよ」

妹の紗夜の声が階下から響く。少女らしい柔らかな声だが、黎は返事をしない。

(俺がいなくても、この家は何も困らない)

そう思いながらも、空腹には抗えず、ゆっくりと立ち上がる。

廊下に出ると、家族の気配が生々しく感じられる。リビングでは母・美和が朝食の準備をしていた。

「黎、ちゃんと顔洗ってきなさい」

母の声は少しだけ強い。黎は無言で洗面所に向かい、鏡に映る自分の顔を見つめる。

(何も変わらない、何も始まらない)

手を洗い、水の冷たさに一瞬だけ現実感を取り戻す。

食卓には焼き鮭と味噌汁、卵焼き。妹・紗夜がスマホをいじりながら座っている。

「兄さん、今日は外出しないの?」

「……別に」

短く答えて、箸を取る。

家族の会話は途切れがちだ。父・正志の不在が、かえって空気を重くしている。

(俺は、ただのニートだ。何もできない。何も変えられない)

食事を終え、部屋に戻る。

PCを再び起動し、武侠ゲームのキャラクター選択画面を眺める。

(もし、俺がこの世界に生きていたら――)

そんな妄想だけが、唯一の救いだった。

外は平和そのもの。ニュースも、SNSも、どこか遠い世界の話ばかり。

黎は静かに、変化のない日常に身を沈める。

この時、世界のどこかで“何か”が始まろうとしていることなど、誰も知る由もなかった。

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