14 それぞれの道、そして変わらぬ日常

 厨房での熱気も冷めやらぬ中、クローヴァさんは満足げなため息と共に、最後のビスクの一滴まで綺麗に平らげた。

 その顔は、達成感と幸福感で、まさにバラ色に輝いている。うん、我ながら今日の料理は完璧だったな。


「レイルさん……! 本当に、本当に、ありがとうございました……! こんなに美味しいものを、しかも自分で作るお手伝いまでできるなんて……! あたし、感動で胸がいっぱいです……!」


 クローヴァさんは、椅子から立ち上がると、深々と頭を下げた。

 その真摯な態度に、オレは少し照れくさくなる。


「いやいや、クローヴァさんが頑張ったからだよ。筋がいいから、すぐに上達するさ」


「本当ですか……!? でしたら……! 改めて、お願いします! あたしを……あたしを、レイルさんの正式なお弟子にしてくださいっ!」


 クローヴァさんは、キラキラと期待に満ちた瞳で、まっすぐにオレを見つめてくる。

 おお、ついに来たか。まあ、あれだけ熱心に料理を手伝ってくれたんだ。その情熱は本物だろう。


「ああ、もちろんいいぞ。クローヴァさんみたいに熱心な弟子なら大歓迎だ。一緒に、もっともっと美味いものを追求していこうじゃないか!」


 オレが満面の笑みでそう言うと、クローヴァさんの顔が、パアァァッ! と、太陽みたいに輝いた。


「は、はいぃぃぃぃっ!! 師匠ししょうっ! このクローヴァ・シェルエイド、未熟者ではありますが、師匠の偉大なるご指導ご鞭撻を賜り、一日も早く、師匠のような神域の狩猟技術を体得できるよう、粉骨砕身、努力精進いたしますっ!!」


 ……師匠? 神域の狩猟技術……?

 あれ……? なんか、オレの認識と、クローヴァさんの認識が、微妙に……いや、かなりズレてるような気がするんだけど……。

 まあ、いいか。料理の道も、狩猟の道も、突き詰めれば美味しいものに繋がる。うん。たぶん。


「よーし、それじゃあ、弟子になったからには、明日から早速、本格的な修行だ! まずは、空中を自在に飛び回る、幻のキノコ『天空舞茸エアリアル・マイタケ』の捕獲訓練からだな! あれは、最高の出汁が出るんだが、捕まえるのが至難の業でな……!」


「て、天空舞茸……!? 空中を飛び回るキノコ……!? そ、それを捕獲する訓練ですか……!?」


 クローヴァさんの顔が、期待と不安で引きつっている。

 ふっふっふ……。天空舞茸は、ただ飛ぶだけじゃない。気流を読んで巧みに動きを変え、時には小型の竜巻を発生させてハンターを寄せ付けない、なかなかの難敵なんだ。

 あれを完璧な状態で捕獲するには、精密な魔力制御と、卓越した空間認識能力、そして何より、素材を傷つけない優しいタッチが必要になる。

 最高の料理人になるための、最高の試練ってわけだ。うんうん。



 翌日。

 オレとクローヴァさんは、天蓋の森ヘブンズ・ラビリンスの中でも、特に切り立った崖が続く、風の強いエリアに来ていた。

 ここが、天空舞茸エアリアル・マイタケの主な生息地だ。

 村のおっさんやアレンも、たまに遠巻きにオレたちの「食材調達」を見学に来ることがあるが、今日は二人きりだ。


「いいか、クローヴァさん。天空舞茸エアリアル・マイタケは、見ての通り、常に不規則な気流に乗って空中を漂っている。しかも、危険を察知すると、風のバリアを張ったり、突風を巻き起こしたりして抵抗する。力任せに攻撃すれば、繊細な傘がボロボロになって、せっかくの風味が台無しだ。だから……」


 オレは言葉を続けながら、崖の先端からフワリと宙に舞う。

 そして、足元に薄い風の魔力の足場を作り出し、それを蹴って、さらに上空へ。


「――風霊歩行シルフィード・ウォーク! こうやって、風を読み、風と一体になるんだ。そして、相手の動きを予測し、最小限の力で、優しく包み込むように捕獲する……! ほら、あそこだ!」


 オレの視線の先、数羽の天空舞茸エアリアル・マイタケが、まるで意志を持っているかのように、複雑な軌道を描きながら舞っている。

 その姿は、まるで空を舞う優雅な鳥のようだ。


「うわぁ……! レ、レイル師匠……! 空を……歩いてる……!? しかも、あの、キノコが……本当に飛んでる……!?」


 崖の上から、クローヴァさんの驚愕の声が聞こえてくる。

 ふっ、これくらいは、美味いもののための基本動作だ。


 オレは、風の流れを読み、天空舞茸エアリアル・マイタケの群れに音もなく接近する。

 そして、一体がこちらに気づき、突風を巻き起こそうとした瞬間……!


「――静寂の手サイレント・ハンド


 オレの手のひらから、ごく微弱な魔力の波動が放たれ、天空舞茸エアリアル・マイタケの動きを一瞬だけ、ほんの一瞬だけ封じる。

 その隙に、そっと、まるで壊れ物に触れるかのように、優しく傘の部分を掴み、捕獲成功。

 うん、完璧な状態だ。これなら、最高の出汁が取れるだろう。


「……と、まあ、こんな感じだな。どうだ、クローヴァさん。イメージは掴めたか?」


 オレが崖の上に戻ると、クローヴァさんは、口をあんぐりと開けたまま、完全にフリーズしていた。

 そして、我に返ったように、ブルブルと首を横に振る。


「つ、掴めるわけがありません……! あんな、あんな人間離れした空中機動と、神業のような捕獲術……! あれが、キノコ狩りの基本だなんて、常識が……常識が崩壊します……!」


「うーん、そうか……? まあ、慣れれば誰でも……」


「慣れの問題じゃないですってばぁぁぁ!!」


 クローヴァさんの魂の叫びが、崖の間にこだました。

 ……やはり、オレの「普通」は、世間一般とはかけ離れているらしい……。



 それからというもの、クローヴァさんはエルム村に腰を据え、オレの元で修行に励む日々を送っていた。

 相変わらず、オレの「食材調達」――クローヴァさんにとっては「超絶戦闘訓練」――についてきては、その度に目を白黒させ、時には絶叫し、それでも食らいついてくる。

 最初は、ただただオレの規格外の強さに圧倒されるばかりだった彼女も、少しずつではあるが、確実に変化を見せ始めていた。

 以前のような、鼻持ちならないお嬢様然とした態度はすっかり影を潜め、代わりに、困難に立ち向かう冒険者としての粘り強さと、食材への敬意、そして料理の奥深さを知る謙虚さが芽生え始めていた。

 エルム村の住人たちとも、最初はぎこちなかったものの、オレの店を手伝ったり、村の行事に参加したりするうちに、すっかり打ち解けていった。


 そして、オレの日常は、相変わらずだった。

 ある晴れた日、オレは森の奥深くで、崖の上にひっそりと咲く、まるで夜空の星屑を散りばめたかのように美しい花……『星屑花スターダスト・フラワー』を見つけた。

 この花から採れる蜜は、極上の甘さと芳香を持ち、最高のデザートになる。


 その日の「気まぐれ亭」の特別メニューは、『星屑花スターダスト・フラワーの蜜を使った、ふわふわパンケーキ 特製ベリーソース添え』だった。

 厨房で、オレとクローヴァさんが協力してパンケーキを焼き上げる。

 クローヴァさんの手つきも、最初の頃に比べればだいぶ様になってきた。


「師匠、この星屑花スターダスト・フラワーの蜜、本当にいい香りですね……! なんだか、心が安らぎます……」


「だろ? こういう繊細な食材は、扱いが難しいけど、その分、最高の味で応えてくれるからな」


 焼きあがったパンケーキに、黄金色の蜜をたっぷりと絡め、自家製のベリーソースと、軽く泡立てた生クリームを添える。

 店にやってきた村人たちは、その見た目の美しさと、口に入れた瞬間に広がる夢のような味わいに、皆、至福の表情を浮かべていた。

 クローヴァさんも、自分で作ったパンケーキを頬張りながら、幸せそうに目を細めている。

 うん、やっぱり、誰かが「美味い!」と唸るのを見るのは、最高に気分がいい。



 夜。

 客も帰り、一人になったレイルは、試作用に残しておいたパンケーキをゆっくりと味わいながら、窓の外の満天の星空をぼんやりと眺めていた。

 星屑花の蜜の優しい甘さが、今日の充実感をさらに深めてくれる。


「ああ、今日も一日、最高の食材と出会えて、最高の料理が作れたな……。こういう時間こそ、人生の贅沢だ……」


 前世では、決して味わえなかったこの感覚。

 好きな時間に寝て、好きな時間に起きる。気が向いたら、最高の食材を求めて森を歩き、調理法を考え、実践し、味わう。そしてたまに、その成果を人にもお裾分けする。

 それが、オレの求める「自由」であり、「幸せ」だ。


 ふと、店の入り口の扉がそっと開いた。クローヴァさんだった。


「師匠、まだ起きていらしたんですね」


「ああ、ちょっと夜食をな。クローヴァさんも食べるか?」


「いえ、あたしは……。師匠、今日もお料理、ごちそうさまでした。本当に美味しかったです」


 クローヴァさんは、どこか晴れやかな表情でそう言った。


「師匠の元で修行を始めてから、あたし、少しだけ強くなれた気がします。もちろん、師匠の足元にも及びませんが……。でも、いつか必ず、あたし自身の力で、あの天蓋の森ヘブンズ・ラビリンスの頂を目指し、S級冒険者になってみせます。師匠が教えてくれた、食材への感謝と、諦めない心を持って」


 その瞳には、かつての自信過剰な輝きとは違う、静かだが確かな決意の光が宿っていた。

 オレは、その成長がなんだか嬉しくて、少しだけ照れくさかった。


「……ああ、頑張れよ。クローヴァさんなら、きっとできるさ」


 そんな、ありきたりな言葉しか出てこなかったが、クローヴァさんは嬉しそうに微笑んだ。


「さて、明日は何を狩りに行こうかな……。どんな料理にしようかな……。うん、あの川の主……そろそろ産卵の時期で、一番脂が乗ってる頃かもしれないな……。あれの塩焼きは、マジで絶品なんだよな……」


 そんな、美味しい料理のことばかり考えながら、レイルの自由で、創造的で、そしてとびきり美味しい時間は、これからも続いていく。

 そして、彼の周りには、いつの間にか集まってきた仲間たちが、その生き様と料理に、羨望と、そして親愛の眼差しを送るのだった……。


 ――おいしい食材を求めて日々狩猟しているだけの田舎の定食屋なのに、なぜか実力者たちが羨望な眼差しでみつめてくる。

 そんな、ちょっと不思議で、とびきり美味しい物語は、これにて、おしまい。


 (完)

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狩猟した魔物で調理する無名の料理人、なぜか実力者たちを自覚なくざわつかせてしまう 北川ニキタ @kamon

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