9 バーニング・チリペッパー

 結局、さっきの鎧岩海老アーマーロック・シュリンプ・亜種は、オレがささっと仕留めることになった。

 クローヴァさんは、その間もずっと「ありえませんわ!」「人間業じゃありませんわ!」と何やらぶつぶつ言っていたけど……うーん、やっぱりオレの感覚がズレてるのかなあ……。

 まあ、怪我させても悪いし、無理強いは良くないよな。


「よし、今日のメインディッシュはこんなもんだな。この亜種のエビは、身が締まってて甘みが強いから、シンプルに塩茹でにするか、豪快に炭火で焼いてレモンを搾るだけでも絶品だろうな……。ああ、でも、甲殻からいい出汁が出るから、それを使った濃厚なビスクにするのも捨てがたい……」


 捕獲したばかりの鎧岩海老アーマーロック・シュリンプ・亜種を眺めながら、調理法に思いを馳せる。

 想像するだけで、腹の虫が鳴りそうだ。


「め、メインディッシュ……って……?」


 クローヴァさんが、呆然とした表情でオレの言葉を繰り返す。

 その顔には、「あれだけの死闘を繰り広げておいて、それがまだ『メインディッシュ』に過ぎないというの……?」とでも言いたげな、戦慄の色が浮かんでいる。

 ……うん、やっぱり、オレの「普通」は、彼女の「普通」とはだいぶ違うらしい。


「ああ、メインディッシュだ。やっぱり、美味しい料理には、主役を引き立てる最高の脇役も必要だろ? エビだけじゃ、ちょっと物足りないからな」


 オレはにっこりと笑って、クローヴァさんに問いかける。


「というわけで、次は、この極上のエビに合わせるための『スパイス』を探しに行こうと思うんだが、どうだ?」


「す、スパイス……? え? まだ狩りをするんですか……?」


 クローヴァさんが、若干引きつった顔でそう聞き返してきた。

 まあ、さっきの鎧岩海老アーマーロック・シュリンプとの戦いが、彼女にとっては相当な衝撃だったんだろう。


「ああ、そうだ。このエビには、ちょっとピリッとした刺激的な辛味が合うと思うんだ。そういう最高のスパイスになる魔獣が、この森にはいるからな。ついでにそいつを狩って、今日の料理のアクセントにしようと思ってるんだ」


「ちょ、調味料になる魔物……!?」


 クローヴァさんの目が、今度は純粋な驚きで見開かれる。

 まあ、普通はそう思うよな。魔獣を調味料にするなんて、なかなか聞かない話だろう。


「ああ、いるんだよ。見た目は、巨大な唐辛子がそのまま魔獣になったようなやつでな。全身真っ赤で、ヘタの部分が顔みたいになってて、種を火炎弾みたいに飛ばしてくる、ちょっと厄介なやつだ。そいつの果肉の一部を乾燥させて粉末にすると、どんな料理にも鮮烈な辛味と食欲をそそる香り、そして深いコクを与えてくれる、最高のスパイスになるんだ。普通の唐辛子とは、辛さの質も香りも段違いだぞ」


 その名も爆炎唐辛子バーニング・チリペッパー

 特に、今日仕留めた鎧岩海老アーマーロック・シュリンプ・亜種は、味が濃厚な分、少しだけ独特の風味がある。その風味を上手くマスキングしつつ、エビ本来の旨味を最大限に引き出すには、やはりあの爆炎唐辛子バーニング・チリペッパーの刺激的な辛味と鮮烈な香りが不可欠だ。

 ほんの少量加えるだけで、料理全体の味が引き締まり、食欲が無限に湧いてくる。


「さあ、それじゃあ、最高のスパイスを求めて、もう少し森の奥へと進んでみようか」


 目指すは、森の中でも特に日当たりが良く、火山性の土壌が広がっているエリアだ。

 爆炎唐辛子バーニング・チリペッパーは、そういう高温で乾燥した環境を好んで生息していることが多い。あいつらは、地面から熱を吸収して、そのエネルギーで種を爆発させるからな。



 森の奥深く、以前とは明らかに様相の異なるエリアへと足を踏み入れる。

 周囲の木々はまばらになり、地面は黒っぽい火山性の土壌へと変わっていた。空気も乾燥していて、微かに硫黄の匂いが鼻をつく。こういう場所を、あの食材は好むんだ。

 ちなみに、さっき捕獲した鎧岩海老アーマーロック・シュリンプとその亜種は、オレが特製の冷却術を施した上で、頑丈な蔓で編んだ即席の背負子にくくりつけ、担いでいる。


「レイルさん……なんだか、このあたりは空気がピリピリしますね……。それに、その……エビ、重くないんですか……?」


 クローヴァさんが、少し不安げに周囲を見回しながら、そしてオレの背中の巨大なエビをチラチラと見ながら呟いた。

 確かに、このエリアは魔力の濃度が他とは少し違う。それが肌で感じ取れるのだろう。

 エビの重さに関しては……身体強化魔術を使っているから別に平気だ。


「ああ、少し特殊な環境だからな。だが、こういう場所にこそ、面白い食材が眠っているもんだ。エビは……まあ、美味いものを食うためなら、これくらいの苦労は厭わないさ」


 オレはそう言って、さらに奥へと進む。

 やがて、目の前に開けた岩場が現れた。

 ゴツゴツとした黒い岩が転がり、所々から白い噴気が上がっている。

 そして……その中央に、それはいた。


「いたな……。あれが、今日の目当てのスパイスだ」


 オレの視線の先、岩場の中央で、まるで大地から突き出た巨大な赤い角のように、それは鎮座していた。

 全長は……3メートルほどか。

 鮮血のように真っ赤で、艶やかな光沢を放つ、巨大な唐辛子。

 ヘタの部分は、まるで不機嫌そうに歪んだ顔のようにも見え、そこから伸びる緑色の太い蔓は、まるで触手のようにうねうねと動いている。

 そして、その巨大な唐辛子の表面には、無数の小さな穴が開いており、そこから時折、プツプツとマグマのような赤い液体が滲み出ている。

 間違いない、あれこそが爆炎唐辛子バーニング・チリペッパーだ。


「……え? あ、あれが……スパイス……?」


 クローヴァさんが、信じられないといった顔で爆炎唐辛子バーニング・チリペッパーを見つめている。

 確かに一見、植物型の魔獣だと勘違いしそうになるから驚くのも無理はないか。


「ああ、そうだ。あれの果肉の一部を乾燥させて粉末にすると、最高のスパイスになる。見た目はちょっとグロテスクだが、味と香りは保証するぞ」


 爆炎唐辛子バーニング・チリペッパーが、こちらの存在に気づいたようだ。

 ヘタの部分の顔が、ギロリとこちらを睨みつけ、蔓の触手を威嚇するように振り回し始めた。

 そして、その赤い巨体が、ブリン、と不気味に震える。


 ピュンッ! ピュンッ! ピュンッ!


 次の瞬間、爆炎唐辛子バーニング・チリペッパーの体表にある無数の穴から、まるで弾丸のように、赤黒い種が高速で射出された!

 種は、シュゴォォ! という音と共に、周囲の岩に命中し、ドゴォォン! と小規模な爆発を引き起こす!


「うわっ!?」


 クローヴァさんが悲鳴を上げて身を屈める。

 なるほど、あれが噂の火炎種爆弾か。威力もなかなかのものだ。

 岩場はたちまち爆炎と黒煙に包まれ、まるで戦場のようになった。

 うん、これはなかなか手強そうだ。だが、それだけに、手に入れた時の喜びも大きいというものだ。

 最高のスパイスのためなら、これくらいの危険は覚悟の上だ!

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