第5話『小さなサプライズ失敗談』
誕生日当日の午後。
私はひそかに胸を高鳴らせていた。
「今日は静かに過ごしたい」と妻は言っていたが、何もないのも味気ない。
だから、小さなサプライズを用意した。
——ケーキと、孫と一緒に書いた手作りのカード。
それを、あいつが昼寝から起きたときに、そっと出そうと決めていた。
リビングに日が差し込む時間。
私は冷蔵庫を開けて、慎重にケーキの箱を取り出す。
が、その瞬間。
——つるん。
「あっ」
箱が、手から滑り落ちた。
落下したケーキの箱は、空中で一度回転し、
そして、見事に床に落ちて開いた。
「……あぁ」
崩れたレアチーズケーキ。
柚子ピールも、ななめにめり込み、側面が潰れていた。
(まずい……!)
私はすぐに、スプーンとナイフを取り出し、崩れた形を整え始めた。
端を削って中央に寄せ、ケーキの境界をなだらかに整え、
最後に余っていたミントを乗せた。
「……よし」
なんとか“手作り感のあるデザイン”に見える……はずだった。
しばらくして、妻がふわりとリビングに現れる。
寝ぼけたまなざしでこちらを見て、私とケーキに目をやると——
「……落とした?」
「え、なんでわかった」
妻は小さく笑った。
ふだんの誕生日はケーキなんて買わない私が、
手の込んだ風の盛りつけなんてしている時点で、バレバレだった。
「でも、気持ちは嬉しいよ。ありがとう」
その言葉だけで、胸が軽くなった。
崩れたケーキも、笑われたサプライズも、
すべてが思い出になっていくのだと、
そんな気がした。
そして、妻はひとくちケーキを食べて、ふっと目を丸くした。
「……これ、柚子なのね。最近好きなの、よく覚えてたわね」
そのとき私は、初めて自分の選択が正しかったことに気づいた。
(→ 第6話『妻の「今年は静かでいいわ」』へ)
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