あの日、あの時、あの場所で。

水泰惺

あの日、あの時、あの場所で。



 大学からの帰り道、交互にアスファルトを踏む自身の足を眺めながら、考える。


腹が痛い。胸の下が締め付けるような、内側から心を押し上げるような感覚が私の意識を捉える。


 自然、陰鬱な気持ちになる。


最後に親しい友人と会ったのはいつだったか。


 ──ああ、思い出した。あいつとは、喧嘩別れしたのだ。


二人で計画を練った高校の夏休み、富士山麓まで少ない小遣いから捻り出して行ったロック・フェスティバルの帰り、劇しい喧嘩をして、やつとは絶交したのだ。


 あの時、確か出会ってから5年目の事だっただろうか。


生まれて初めて、自分で稼いだ金で遊びに誘った友達だった。


 あの喧嘩からもう、5年が経とうとしている。


やつと会わなくなってからの方が、これからは長くなるのだ。


 自分で自分が情けなくなる。


いつまでもウジウジと終わったことを引き摺って、昔からの悪い癖だ。


 喧嘩の後、泣きながら家に帰って、連絡先からあいつの名前を消した。


その後の高校生活は、退屈な毎日だった。


 そもそも私は高校進学後、担任の教師と馬が合わず鬱になって、通信制高校に転校していたし──


そういえばその時あいつが、拒食症で痩せぎすになっていた私を連れ出して、お店にラーメンを食べに連れて行ってくれた事があったっけ。


何も言わず、ただ話を聞いてくれた。


それだけで、ずいぶん救われたような気がする。


──通信制とはいえ、キャンパスに通うことも可能だったが、私はしなかった。


 あの件の後の私はただ、進学するか、就職するか。


それだけを考えていた。


 思えば、新しい環境に行く事ができれば、何かが変わるはず、あの時の私は、そう考えていたのだ。


 しかし、何も変わりはしなかった。


ろくに目指したいものも無いまま、消去法で進路を決めて、適当に検索して出てきた大学の赤本で、適当にヤマを当てて、進学した。


 バス停を確認した私は歩みを止め、駅へ向かうバスを待つ。


停留所には屋根がないから、太陽の光が真っ向から私に刺して、足元に濃い影ができる。


肺の奥に、焼けるような痛みが残っている。


 流行病も収まり、通常の生活が戻ってきた大学に、新入生たちは歓迎され、暖かく迎え入れられた。


みんな勉強もほどほどに、サークル活動に精を出し始める。


 私も適当なサークル──活動はそこまで頻繁になく、参加も自由だった──に加入し、新しい環境に馴染もうと思った。


 それなのに、何かが私を過去へ縫い止めて、進むことを許さない。


同級生に誘われて、幾度か集まりにも参加したが、どうにも気が乗らなかった。


次第に周囲もそんな私から去って、距離を取るようになった。


 別に寂しくはない。


親密な関係ではないが、友人がいないわけではなかったし、第一私は大学というものに、人間関係を求めてはいなかったから。


 そんな強がりを心のどこかに感じながら、坦々と日々の生活をこなしていく。


丁度、駅へのバスが到着した。


 定期券をきって、いつもの席に座る。


いつだって席に座れないほど混雑することはなかった。


 心の端にうっすらと旧友のことを想いながら、考える。


いつまでも過去のことにこだわっていたって、仕様がない。


 私は私で、一個の人間として、歩いていかなければいけないのだから。


きっとやつもまた、今は自分の人生を歩んでいるんだろう。


 ──そう思うと、なんだか気持ちが楽になった。


いつもと同じように舗装の割れた道路の上を通って、バスが左右にガタガタと揺れる。




 今日はそこまで、不快ではなかった。



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あの日、あの時、あの場所で。 水泰惺 @shuitaisheng2

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