LIVE配信は異世界にて!~ネクロ嬢のコンプライアンス生存戦略~
森羅 唯
プロローグ
第1話 なんで死んでるの?
『エスタへ
誕生日おめでとう
お祝いに配信者を送ります
母より』
十四歳の誕生日を迎えた朝。
眠りから覚めた私の目に飛び込んできたのは、お母様からのメッセージカードとベッド脇の椅子に深く腰掛ける見知らぬ少年の姿だった。
……大事件である。
「誰か来て! 緊急事態だから! ヤバいのが入り込んでるから!!」
布団を床に蹴り落としながら飛び起き、ベッドの上で拳を構える私。
その直後、寝室のドアが勢いよく開かれた。
「お誕生日おめでとうございます! どうですか? 驚きましたか?」
澄んだ空気と共に、笑顔で入室してくる若い女性。
首の後ろで小さくまとめた、月光を思わせる銀の髪。
細身の体を黒のスーツに包み、しなやかな立ち姿は中性的な魅力を感じさせる。
彼女はライネ、人里離れた小さな屋敷で共に生活を送る側近の一人だ。
サプライズ直後とは思えないほど冷めきった空気の中、私はベッドから飛び降りると無表情のまま少年を指差す。
「この人、勝手に部屋に入れたのあなた?」
「そうです。エスタが眠っている間に、こっそり椅子に座らせておきました」
「やめてよ。起きたら知らない男の人がベッド脇の椅子に座ってるとか、こういう犯罪臭のするホラーが一番、心臓に悪いんだから」
「すみません。当主からの贈り物ですし、普通に渡すのも面白くないなと思いまして」
誰も、そんなところに面白さなんて求めていない。
私は能天気に微笑むライネから視線を外し、少年をチラリと横目で見た。
「まったく。まあでも、何が一番不可解って――この人が、すでに死んでることだよね」
そう、これだけ近くで騒いでいるにも関わらず、先ほどから配信者とやらが動く素振りは微塵もない。
彼は眠っているわけでも、疲れきって動けないわけでもなく、お亡くなりになっていた。
「え? なんで死んでるの? これ誰? そもそも、配信者って何?」
「落ち着いてください。たかが死体ごときで、ネクロマンサーの令嬢が狼狽えてどうするんですか」
「寝室に見ず知らずの死体を放り込まれて、ネクロマンサーもクソもないよ」
ネクロマンサー――それは、死霊を使った魔術を専門とする魔法使いの総称。
降霊術を基本とし、死体をアンデッド化して使役したり、熟練者ともなれば自身をアンデッド化し、永遠の命を手にすることさえ可能とされる。
そんなネクロマンサーの中でも指折りの名家、ルビージア家の娘こそ、この私。
「だいたい、私はアンデッドに囲まれて生きるのが嫌で、あの家を飛び出したんだよ? そこらの事情を知りながら、よくこんな凶行を思いついたよね」
「凶行だなんてそんな。わたしはただ、離れて暮らす母親からの仕送りを最大限、喜んでもらいたい一心で……」
「あなた、これを仕送りだと思ってるの?」
「ネクロマンサーの親子にとっては、一般的なやりとりなのかと思っていたんですけど、違うんですか?」
「違うに決まってるでしょ」
ネクロマンサーに対する、えげつない風評被害である。
「なんだ、そうだったんですか。いや、けど安心しました。世の中には気色悪い親子もいるんだなあ……って、内心メチャクチャ引いてましたから」
勝手に想像しておいて、酷い言い草だ。
こめかみを押さえる私に、ライネは薄ら笑いを浮かべる。
「まあまあ、説明書を読んでみましょう。これ、屋敷に運ばれてきた時に同封されてたんです。とりあえず、読み上げますね」
ライネはポケットから折りたたまれた紙を取り出して広げると、小さく咳払いして続けた。
「少年の名はリヴ。この世界と似て非なる異世界から生まれ変わってきた、転生者と呼ばれる存在だそうです」
「へえ」
「なんでも、その異世界は文明レベルこそ進んでいるものの魔法が存在しないんだとか。不便に思いますけど、どうやって文明を発展させたんでしょうかね?」
「だね」
「どうしたんですか? なんか『へえ』とか『だね』とか、やけに反応が薄いですけど」
「だって、この人すでに次なる異世界へ旅立っちゃってるし、今更どうでもいいっていうか……」
今世すら知らない相手の前世とか言われても、さして興味が湧かない。
私がリヴの顔をつつく中、ライネは何事もなかったかのように言い足した。
「あと、彼は転生にあたって神様から特別な魔法を授かっていたそうです」
「特別な魔法?」
「はい、その名も『ストリム』。目に見えた光景が、そのまま転生元の異世界に映像として送られるものだとか。音声も向こうの言語に自動翻訳されて伝わるとのことです。この魔法の使い手を配信者と呼ぶみたいですね」
えらく都合のいい魔法だ。何か見えない力が働いてるのを感じる。
眉をひそめながらリヴの顔を覗き込んでいると、不意にライネが意味深な笑みを浮かべた。
「どうやら、この魔法、まだ彼の身体に定着したままだそうです。エスタには、その意味が分かりますよね」
ふむ。お母様が、わざわざリヴを送ってきた理由が、なんとなく分かった。
つまり、ネクロマンサーの力で彼を操り、妙な魔法を自分のものにしろってわけだ。
顎に手を当て状況を分析する私に、ライネが紙を折りたたみながら微笑む。
「良かったじゃないですか。以前から、『ルビージアの名に頼らず有名人になりたい』と言ってましたよね。ある意味、エスタにピッタリの魔法ですよ」
「私がなりたいのは、この世界の有名人であって、異世界に売り込みたいわけじゃないんだけど」
「まあ、そう言わずに。これも何かの縁と思って、ストリムを使わせてもらいましょうよ。相手がどの世界にいようと、人の注目を集める点では一緒ですし、将来の経験値にはなるはずです」
「そんなものかな?」
気の抜けた声で返事しながらリヴの耳元で呪文を唱えると、彼は目をパチリと開け身体の重みを一切感じさせない所作でスッと立ち上がった。
やや細めなこと以外、これといって特徴のない体格。
年齢は、おそらく私とそう変わらない。
きっと私の隣を歩いても違和感のないよう、アンデッド用の丁寧な処理が施されているのだろう。
身体のパーツが取れかけているとか、不自然に肌が青白いとか、不快な臭いを放っているとか、そういったことは一つもない。
生きている人間となんら変わりない見事な仕上がりだ。
さて、今この瞬間より彼は忠実なしもべ。
常に私に付き従い、ストリムとかいう魔法の恩恵を存分に受けさせてもらうとしよう。
「それにしても、こうして横並びで立つと兄妹みたいですね。髪色も似た感じですし、ジトッとした目つきなんかは特にそっくりです」
「見ず知らずの死体と顔のパーツが似てるって、なんか嫌だね」
クセのない黒髪と、眠たげに見える赤い瞳……たしかに、私の髪をもう少し短くしたら、似た雰囲気に仕上がるかもしれない。
しかも、顔面偏差値でいえば彼の方が間違いなく上。
私もそれなりに整った顔つきをしているとは思うけど、向こうはモデル並みのビジュアルだ。
唇を尖らせる私を気にも留めず、ライネはリヴに向かって手を振った。
「こんにちはー。異世界のみなさん、見えてますかー?」
「あなた本当に物怖じしないね」
いくら事情を知っているからって、至近距離で死体に向けて満面の笑みで手を振るなんて、なかなか出来ることじゃない。
私が肩をすくめる中、ライネはリヴの顔を覗き込んで指摘する。
「けど、リヴの表情は柔らかくなってきた気がしますよ」
「発言が猟奇的だよ。でもまあ、たしかにどことなく笑顔になってきたかも……?」
先ほどまでは話しかけても無視されそうな表情だったが、今は会釈くらいなら返してくれそうな雰囲気がある。
ライネは、もう一度紙を広げ直し、指でなぞりながら読み上げた。
「あっ、すみません。説明書で見落としている箇所がありました。ストリムの使用者は視聴者の反応を自身の表情に反映するそうです。反応の良い画が撮れるほど笑顔になっていき、悪ければ怒りや悲しみの表情になっていくわけですね」
「もはや呪いだね」
目を開けている間、勝手に視界を共有される上、他人の感情に左右されて百面相し続ける……。
そんな調子で、リヴはまともに生活できていたのだろうか?
だんだん、彼の生前の様子が気になってきた。
「盛り上がりによっては、『投げブツ』といって視聴者からのギフトが送られてくることもあるそうですよ」
「ギフトって言ったって、そんな大したことないんでしょ」
こう吐き捨てて、リヴの顔を下から覗き込む私。
その時、彼の手から一枚の金貨がこぼれ落ち、床に転がった。
拳の中に握られていたそれが、偶然このタイミングで手から離れたとか、そういう話ではない。
リヴの手は間違いなく、最初から開かれていた。
そこへ、まるでワープしてきたかのように、いきなり金貨が現れたのだ。
「「本物……?」」
声を重ねた私たちは、ともに床に膝をつき金貨を凝視する。
絨毯に沈み込むほどのずっしりとした重みと、反射する上品な光、そして見事に彫刻されたデザイン。
長年、本物に触れてきた私には見ただけで分かる。
これは、まごうことなく金だ。
なるほど、これが投げブツ……。
ゴクリと息を呑む私に、ライネが鋭い視線を向ける。
「エスタ、もう一度尋ねます。本当に異世界に売り込む気はないんですか?」
「まさか。私の夢は、ルビージアの名に頼らず有名になることだよ? もちろん、異世界も含めて……ね」
目先の金に目がくらんで何が悪い。
このチャンス、絶対に逃してなるものか。
私とライネは小さく頷きあうと、一呼吸置いてから互いに声を張り上げた。
「エスタ、何やってるんですか! もっと、媚びへつらってください! ……そうだ、得意の宴会芸があったじゃないですか! あれ披露したら、ウケるんじゃないですか!?」
「任せといて! 死霊術だろうと何だろうと、使えるものは全部使って私の名を異世界に轟かせてみせるよ!」
かくして、私の配信者生活が幕を上げた。
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