ツバメと野イチゴ

縞間かおる

<これで全部です>

 その少女が小児病棟の個室に移された訳は、あらゆる院内感染から守る為だった。


 しかし、幼い彼女はそのような事を知る由も無く、移されたのは来たるべき退院の準備の為であろうと期待に胸を膨らませていた。


「退院したら、海やプールへ行こう! 花火やお祭り!! 楽しい事がいっぱい!!」


 慌ただしく雲が流れる窓の外 

 時折、カーテン越しにやって来るのは……夏の日差し。



 もう、2回目の子育てなのだろうか?


 彼女の個室の窓辺にいつの間にか巣が作られ、窓の外をつがいのツバメがせわしなく行き来し始めた。


 覗いてみるとヒナたちの黄色いお口が並んでいる。


 ベッドの上で物を作る事が楽しい女の子は、工作でツバメのヒナのくちばしを作った。


 窓を開けて覗いてみると薄茶色のカゴの様な巣の端っこが空いていたので、そっとくちばしを置いてみたら、ヒナたちがヨイショヨイショとおしくらまんじゅうしてくれて、女の子はキャッ!キャッ!ウフフと喜んだ。


 そのうちに親鳥は工作のくちばしにも、蛾やハチやトンボを押し込む様になった。


「まあ、大変! ヒナたちのごはんを横取りしちゃうわ!」


 女の子はくちばしに押し込まれた虫たちをつまんではヒナたちの口に入れてあげた。


 とヒナたちのあまりの可愛らしさに、普段なら飛び上がって嫌がるであろう、虫をつまみ上げる行為もまったく苦にならなかった。



 風にカーテンが揺れるある日、窓枠に乗り出してヒナたちを眺めていた女の子の手の甲に親鳥が舞い降りて来て、咥えていたトンボを置き、ツイっ!と女の子を見上げた。


「ごめんね。私はトンボ食べられないの。だから子供たちにあげるね」


 女の子はトンボの羽をつまみ上げて「ジャージャー」と鳴くヒナたちの口へ入れてあげた。


 その様子にチョイ!と首を傾げた親鳥はパッ!と飛び去って行った。



 翌朝、「コツコツコツコツ」と微かに窓を叩く音が聞こえ、女の子がカーテンを開けてみるとつがいの親鳥がくちばしに野イチゴを咥えて、こちらを見ていた。


 そっと窓を開けると、風と共にカーテンを掠めて部屋に入って来た二羽は掛け布団の上に野イチゴをポトリポトリと落としてランデブーしながら飛び去った。


 陽の光を受けルビーの様に光る野イチゴ。


 その“宝石”を口に含むととてもとても甘かった。


 その日からツバメのつがいは女の子にも野イチゴやクワやビワのかけらを運んで来てくれた。



 やがてヒナたちは子ツバメとなり飛ぶ練習を始めた。


 けれども女の子は熱が下がらず窓を少しだけ開けて臥せっていた。


 何かの気配に女の子がぼおーっと目を開けると鼻先に親鳥が居た。


 驚いて身を起こそうとしたその瞬間、親鳥が女の子をついばみ、スーッ!と持ち上げた。


「あっ!!」


 女の子が驚いて下を見ると“自分”が目を見開いたままベッドに横たわっている。


 でも女の子の魂はツバメに連れ出されて、青い青い空の上。


 女の子はまるで羽衣の様に空を渡る風の上を泳いでいる。


「飛んでる??!!」


 女の子は親鳥を真似て両手を羽ばたかせてみたけれど


 親鳥がくちばしを離すと、彼女は地面に向かって桜の花びらの様に舞い落ちてしまう。


「ぶつかる!!」と目をつぶった瞬間に親鳥に掬われた。



 気が付くと……


 女の子はベッドの上で……


 親鳥はパチパチと瞬きして飛び去って行った。



 けれども……


 それから数日後、女の子は“兄弟たち”と無事飛び立った。


 “待つだけの”コンクリートの鳥籠の中から……



 ◇◇◇◇◇◇


 長い患いの末の……女の子の死因は“インフルエンザ”だった。


 このような事が二度と起こってはならないと、ツバメの巣は掛けられないようになり、“鳥籠”の窓は更に固く閉ざされた。


 それでも何年かに一人は……“不幸”な子供がベッドに横たわったまま、笑顔で天に召されて行った。


 そしてその“鳥籠”の窓枠には


 決まって野イチゴの涙が……日の光を受けてルビー色に輝いていた。






                            おしまい

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ツバメと野イチゴ 縞間かおる @kurosirokaede

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