十五話 魔女、狩人に出会う 其の拾伍

 姉妹喧嘩が終わり、3日が経った。

 浅神アサガミ本家の屋敷は崩壊し、山々に多くの破壊跡が残し、それらは大々的に報道されるも、そこには橙華トウカ白華シロハの姿は映っておらず、何者かが家を狙って起こしたテロ行為という方向で、情報が流れることになった。


 その3日後の夜、橙華トウカは意識を戻し、パッチリとその目を開く。


 そこは自分が3年間寝泊まりした見知った天井、アルベールの家の物があり、身体中に響く痛みに耐えながら体を起こした。


「わた、し、いき、てる?」


 橙華トウカは右手を動かそうにも白華シロハに撃ち抜かれた箇所が痛み、あまり無理な稼働は出来ず、ボンヤリとした脳で今の状況を理解しようとした。


 姉をこの手で殺してしまったこと、自分も彼女と共に死ぬはずだったのに生き延びてしまったことへの罪悪感、対話を最後まで出来なかったことへの後悔。


 頭をゴチャゴチャと回り、パンクしそうになるとガタと言う音が鳴り、橙華トウカはその方向を向く。


「よ、橙華トウカ


 その方向には、アルベールが立っていた。手には折敷を持っており、それらにはパンとスープ、そして、サラダとベーコンが置いてあった。


「爺ちゃん、私なんで生きてるんだ?」


 姉、白華シロハと共倒れする筈だった自分が生きていることに橙華トウカは疑問を感じており、そんな彼女に対して、アルベールは手に持っていたご飯を目の前に置き、それに答えた。


「死ぬ直前を前にして、お前は【魔術師】として、したんだと思うよ。死の淵で、【魔力】が湧き上がり、生存本能が働いた結果、俺が見に来た時にはお前はその場を生きて抜け出せる程度には回復してた」


「……そっか」


「そんな顔するな、橙華トウカ。お前は、白華シロハと対話しようとした。結末がどうであれ、お前はやれることをやったんだ」


 アルベールは橙華トウカを励ます様にそういうと彼女は下を向きながら何も言わずに、涙を流す。


 その光景を目の当たりにしたアルベールは、橙華トウカの体を抱きしめると、彼女の頭を撫でた。


「頑張ったよ、橙華トウカ


 その言葉には慰めだけではなく、彼女の3年間を無駄ではないと肯定しようとする物でもあった。


 しかし、それを「はい、そうです」と認められるほど橙華トウカの心は成熟しいていない。


「でも、姉ちゃんと、話すって言ったのに、最後まで、戦うことしか、出来なかった」


 自分がやると言ったことを出来ずに、終えてしまった事への後悔。


 アルベールはその後悔を、負い目を感じさせないための言葉を告げる。


「相手にその意思があるかないかは大切だ。お前だけのせいじゃないよ」


「私がもっと強ければ、止められた、かな」


 自分の補えきれなかった部分を探して、否定しようとする懺悔。


 認められない。

 認めれば姉を否定してしまう様な、そんな気がしてしまう。


 だが、それをアルベールは否定せず、彼女が成し遂げた事だけを伝えた。


「わからない。俺から見た白華シロハは間違いなく怪物だった。だけど、お前だけは彼女を【魔術師】の白華シロハじゃなくて、姉としての白華シロハを見てた。だから、分かり合えなかった訳じゃないはずさ。敵として最後まで見られなかった白華シロハは嫌だったかも知れないけどな」


 その言葉を聞き、橙華トウカは、声を出しながら泣いた。


 強がりで、意地でも強くあろうとしていた彼女は崩れ、今、あるのは姉を失った妹しての橙華トウカであり、ワンワンと泣き出した。


 アルベールはそんな彼女を何も言わずに頭を撫で、泣き止むまでその横にいてくれた。


 30分程、橙華トウカは泣き続けると疲れたのか、手元に置かれた折敷の上に置かれたパン達を頬張った。


「落ち着いたか?」


「少し」


「そうか。おかわりもあるけど、いるか?」


「パン、スープ、ベーコン」


「はいはい、全部な」


 三日ぶりに食事にありつけると、おかわりも全て平らげ、橙華トウカはようやく落ち着いたのか、体をベットから起き上がらせ、小屋の外に出た。


「なぁ、爺ちゃん、姉ちゃんって死体ってどうした?」


「俺が回収して、鮮華アザカの墓と一緒のところに埋めといた。お前らの国のしきたりに則って火葬してやるのが一番なんだと思うんだが、勝手にすると怒られると思ってな。外に墓を作ってある。今日、摘んでおいた花もあるからそれ持って行きたったから、持って行って供えてやれ」


「ありがとう、爺ちゃん」


 橙華トウカはすぐに、外に向かうと、アルベールが指差した方向へと歩き出す。


(これからどうやって生きて行こうか。ずっと、爺ちゃんにお世話になるのは悪いし)


 歩く間、これからのことや、色々なことを考えるとすぐに、目的の場所に到着した。


 森の中には墓石がポツンと置いてあり、そこには漢字で浅神鮮華アサガミアザカ、そして、浅神白華アサガミシロハと刻まれていた。


「姉ちゃん、婆ちゃん」


 そう呟くと、花を供え、両手を合わせた。


(ごめんなさい、姉ちゃん。あなたを止めることが出来ず、こんな結果でしか、話が出来なかった。そんな私を許さないと思います。だけど、私は初めて、姉ちゃんの本音を、自分を嫌いだと言い張る姉ちゃんを、見れて少しだけ嬉しかった)


 色々な思いを馳せながら、橙華トウカは手を合わせ続けた。


 橙華トウカは自分の手から溢してしまった大切な人を想い、とある決意をする。


「姉ちゃん、婆ちゃん、私ね、これから【魔術師】でもなく、【狩人】でもない、生き方を探してみようと思うんだ。それが何になるかは分からない。けれど、それがいつかあなた達に報いる生き方であったと言い切れる様に頑張るから。だから! これからの人生、真っ直ぐに、歩いて行くよ」


 橙華トウカはそう言うと、その墓へと背を向け、アルベールがいる家へと戻って行く。


 これからの世界を生き抜くために。












 だが、それがまだ、物語の序章に過ぎないのを橙華トウカは知らない。


 何故なら、これは【魔女】の物語。

 まだ、【魔女】はそこには居ない。


 本当の始まりはここからであることを、誰も知る由もなかった。

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