第5話 損と負けず嫌い



「何言ってんの。この子の神力は有名なのよ?」

「どうだかな。俺はそういうのは信じてな――」

「あっ、起きたみたい」


 モゾリと体を動かして、上半身だけ起き上がる。


 久しぶりに布団のない板間で寝たせいで、少し体が痛かった。

 それでも気にする程ではない。

 本家での修業の日々を思えば懐かしい感覚だと思いながら、ボーッとする頭で辺りを見回した。


 どうやら夜は開けたようである。

 小窓からは日が差し込んできていて、小鳥のさえずりが聞こえてきていた。


 部屋の中に、二人の人間を見付ける。


 一人は案の定、浅黄色の目の黒髪短髪の男。

 そしてもう一人は……女?

 いや、男だ。

 町娘がよく着る着物を着て長い髪をかんざしで結わえていはするけれど、節くれ立った指や太い首が、男性の身体的特徴を示している。


 まぁでも。


「綺麗な人」

「あら」


 ポロリと素直な感想を溢した私に、彼は口の前に手を添えて嬉しそうに表情を華やがせた。


 薄化粧をして、身なりを整えて。

 所作の端々も美しい。

 酷く女性的だったのだ、それこそ思わず同性が見とれてしまう程。


「やっだぁ、ちょっと八京。聞いた? この子、とてもいい子じゃない!」

「あー、ハイハイ。よかったな、汐乃しおの


 棒読みで答えたアーモンド色の目の男――八京は、軽くあしらう手ぶりをすると、こちらに目を向けこう言った。


「お前の言った事、本当だった。だからもういい、解放だ」


 どこへでも行け、と彼は言った。

 続けるように女の装いをしている彼――汐乃も「ごめんなさいね、振り回して」と眉尻を下げて謝ってくる。


「本当だったというのは、要求をしてもあちらが何一つ呑まなかったという意味であっている?」

「そうだ。ったく、せっかく御所に忍び込んでまで攫ってきたのに、金にもならんとはな。損した」


 損。

 その一言で、私の中で始まりの鐘がなる。


 何の始まりかって?

 そんなの、一つだわ。

 だってそうでしょう?

 勝手に攫ってきておいて、損だなんてとんだ侮辱だわ。


「貴方たちは例の義賊・天稟なのでしょう? アレは、盗んだ金と一緒に相手の悪事をばら撒く。本当に金を引き出したいなら、人質を取るだなんていう面倒な事をする必要もない。情報を人質がわりにすればいいだけじゃない。なのに、それをしなかった」

「あらやだ八京、貴方私たちの事話したの?」

「話してねぇよ! こいつの妄言だ!」


 だから余計な事を言うな。

 そう言わんばかりの八京の睨みに、汐乃が口を押さえるが、もう遅い。


 彼らの正体の言質は取れた。

 しかしここで満足する程、私は甘くできていない。


「貴方たち、御所の悪事を暴けなかったのでしょう? 噂や証言こそあれど、明確な証拠を持っていない。見つけられなかったから、私を人質にした。そうして引き換えに金を得たら、町に悪事の噂をばら撒くつもりだった? 証拠こそないけどそれができれば、それでも相手の動きをけん制する事はできるものね」


 これまで町の人たちから義賊だと認識されてきた事が、本当に悪事を暴いてきた実績が、証拠などなくとも町人たちを信じさせる材料になり得る。


 そんな事をしたならば御所が本腰を入れてそんな噂をばら撒いた人間を探すだろうけど、この人たちには見つからない自信か、見つかったとしても裁かれない確信でもあるのだろう。

 だから乱暴なやり方でも、やる事に意味があると思った。


「御所からお金を引き出す事に固執したのは、本物の天稟の声明だと信じさせるため? 自分の懐から出せる物がないから、強行に出たというところかしら」

「お前、それ、どこで聞いた」


 急に真剣な顔で八京に詰め寄られたが、怖いと思いはしなかった。

 むしろ、ここまで顕著に態度に出るのなら、今の憶測もそれなりの的を射ていたのだろうという確信に至る。


 これでも一応興味がなかったとはいえ、御所という魔窟で公家や彼らによって女官名義で送られてくる野心家な女たちと、間近に接してきたのである。

 色々な企みや策略や、腹黒いでは済まないようなアレコレを見聞きしていたこの身では、この程度の威圧感など痒くすらない。


 それに。


「ただの、手元にある情報から組み立てた簡単な憶測よ」


 これが嘘偽りのない事実である以上、何がどう転んでも、情報の出所を聞き出したい彼の期待に応える事にはならない。

 こちらに相手の付け入る隙はないので、そう気を張る必要もなかった。



 フンッと軽く鼻を鳴らしてみせれば、先に反応を見せたのは八京ではなく汐乃の方だった。


「八京から『妙に肝の据わった、公家の姫らしからぬ子だ』と話には聞いていたけど、可愛い顔をしてすごいわねぇ」


 感心じみた、感嘆の声。

 そこには好意も感じ取れて、目を瞬かせながら静かに驚いている様子の八京とは違う反応だ。


 しかし私が言いたかったのは、見せたかったのは、こんなふうにただ驚かれるだけの姿ではない。


「損、と言ったわね。上等よ」


 自分の価値を正しく認識する事は、とても大切な事だ。

 だから私は今の自分が取引の材料になり得ない事を口にしたし、そうである事それ自体を嘆いてもいなければ不満にも思っていない。


 しかし、自分で言うのと誰かから言われるのとでは、完全に話が別である。


「私、転んでもただじゃ起きない主義なの。私を攫った事は損じゃなかったと、証明してあげようじゃない」


 私はフンと胸を張る。


 ちょうどいい。

 せっかく『天皇との婚姻』という定めから解き放たれたのだ。

 何かはしたいと思っていた。



 何の目標もなくただただ生き永らえるだけは、私の性には合っていない。


 何より、私は負けず嫌いだ。

 女だから、箱入りだからと、侮られたままでは、私という人間の名が廃る。



 経験上、そうしてとことんやった事で、やれなかった事など今まで一つもなかった。


 確信に足る何かがある訳ではないけど、天命を過信している訳ではない。

 これは私が生きてきた今日までの日々の苦労や努力を、信じているからこその自信だった。


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