第二節:義賊・天稟(てんぴん)
第3話 私が攫われた理由
人買いではないというのなら、私が攫われた理由は果たして何なのだろうか。
私を邪魔に思う人間に依頼されて?
それとも逆に、巫女としての私が欲しくて?
「おい」
行く先のない私を助けるため……と考えるには、御所に侵入しての人攫いは、あまりにも必要のない危険を背負い過ぎている。
「おいってば!」
「私は『おい』などという名ではないから」
言いながら視線を向ければ、男は覆っていた黒い布を外し、こちらを上から睨みつけてきていた。
男は、黒い短髪にしっかり通った鼻筋。
浅黄色の目も美しく、見目はそう悪くない。
それこそ整ったその顔立ちは、女好きをする方だと思う。
しかし、なんせ私への扱いが悉く粗い。
それというのも、結局質の悪い籠に乗せられるまでは、人を米俵のように担ぎっぱなし。
荷馬車に乗せられても、周りにバレないようになのか、眠らされて起きたら手足を縛られ木樽の中だった。
そしてそうして連れてこられたのが、立っているのが奇跡に近いようなこのボロ小屋である。
既に手足の縄は外されているが、申し開きなどないに違いない。
「お前、自分の状況ちゃんと分かってるか?」
脅しとも取れるその言葉に、私はぶんむくれ顔でプイッとそっぽを向く。
おそらく「誘拐された身なのだから、少しでも『従順にしてなければ危害を加えられるかもしれない』『怖い』と思え」とでも言いたいのだろう。
しかしご生憎様。
こちとら幼い頃から何年も、巫女の修行と称して軟禁されたり監禁されたり、断食したり、暑くても寒くても関係なく、年中毎日神社の境内を掃除したりしていたのである。
たとえ連れてこられたのが、扉を開ければ土間と殺風景な板間があるだけ。
土間には竈すらもなく、板間は腐りかけで壁などないに等しい程に隙間風がピュウピュウと通り抜けるようなボロ小屋であっても、私が怯えてやる謂れはない。
そもそも陛下にしろ椎香にしろこの男にしろ、何かを仕掛けてくるような相手の最も打撃になる事はといえば、思い通りになどなってやらない事だと思う。
敵意なのか悪意なのか害意なのか、何かしらを向けてくるような相手に自衛するのは当たり前の事だ。
そして、何より。
「私の神力が、そんなに軟な訳ないじゃない」
「ん? 何か言ったか?」
「いいえ、別に」
口の中でポソリと呟いてしまった言葉は、思わず漏れた本音だけど、本来ならば彼に伝えるべきものではない。
よく聞こえなかったのなら、敢えてもう一度言う理由もない事だ。
「ほらよ、飯だ。食え」
言いながら、押し付けるようにして何かを突き出された。
見てみると、竹皮に包まれた何か。
開いてみるとそこにあったのは大きなにぎり飯がドーンと一つ。
すっかり米は冷めきっているし、うまく握れていないせいで、三角よりは丸形の酷く食べにくそうな爆弾にぎりだ。
食べにくそうったらありゃしない。
それでも人間、生きている限りはお腹が空く。
それは修行の日々を送ってきた私も同じで、耐えられないではないけれど、限界というものは存在する。
つまり、貰える物なら貰っておいて損はない。
幸いにも、強い神力があるお陰で、私には毒の類はほとんど効かない。
その手の心配は不要なので、躊躇なく、しかしあまりの大きさに人生初めてと言っていい程の大口を開けて、パクリと一口。
……まったく味がしない。
具の類がないにしたって、もう少し塩水で握るとか、色々とやりようがあった筈だ。
やっぱりここにも、私に対する粗さが見える。
そう思いながらもう一口食べて――今度はあまりのしょっぱさに思わず目を瞬いた。
なる程。
どうやらこのにぎりに関しては、別に気遣いが皆無なのではなく、純粋ににぎりを作るのが下手だっただけと見える。
まるで見習いの子どもが作ったようなにぎり飯だ。
内心でそんな感想を抱きつつも、「食物に罪はない」とモグモグと咀嚼する。
お茶が欲しいなと思って男の持ち物をそれとなく見てみるけど、どうやらそちらの用意はないらしい。
気が利かないこと、と思っていると、目の前からため息が聞こえてきた。
何だろうと思いつつ視線を向けると、呆れたような顔の男と目が合う。
「お前、怖れとか警戒心とかない訳?」
「そんなものを感じる理由がない」
「ほぉ?」
そんな言葉が聞こえてくるとは、思いもよらなかったのか。
男から帰ってきたのは驚いたような、しかしどこか少し楽しげな色も孕んでいるように見えた。
「強がっているとかいう感じじゃないな。本当に怖くないのか」
顎に手を当て、感心したような顔になった例の男は、しかしすぐに「あぁ」と納得じみた声を上げる。
「でもまぁ怖がる必要もないのか。御所からすぐに追手が来る。お前ほどの女をかどわかされて、あいつらが黙っている筈がない。まぁ俺たちも、別にお前に危害を加えようとか、そんなつもりはないんだよ。あっちが大人しく、こっちの要求を呑んでさえくれれば――」
「貴方が一体何を求めてこんな事をしたのかは、知った事ではないのだけれど」
つらつらと、少し小馬鹿にしたような笑い方をしつつ話す彼の声を、私は横から遮った。
「御所から追手が来ることもなければ、あちらが私のために何かを呑むなんていう事は、絶対にないわよ」
「は? 何で?」
目をパチパチと瞬きながら、彼が疑問しかない顔で聞いてくる。
「だって私、天皇陛下の婚姻相手ではないもの」
「そんなに上等な着物を着ておいて?」
「これは、着替えようと思ったら邪魔が入って」
「俺たちの調べでは、たしかに天皇の姫巫女だった筈だ」
「周りからその名で呼ばれていたのは事実だけど、あの人はこんな地味な女には興味がないそうよ。よって、今日付けで婚姻相手の座から追い落とされ、私は御所を追われる予定だった」
「……え、本当に?」
「こんな嘘をついて、どうするっていうのよ」
言った後で「あぁもしこれが嘘なら、追手が私を見つけるまでのかく乱とか、相手の動揺を引き出すためとか、嘘を吐く理由自体はあるわね」と思い至る。
しかし結果的には、本当にそんな事をする意味がない。
来ないものはいつまで待ったところで来ないし、あちらに要求を投げたところで、どうせ鼻で嗤われるのがオチだろう。
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