みえない人
棚鏡(たなかがみ)
ある透視実験スレッドにて
透視実験スレ、について教えて欲しいんですか?
おそらくあなたも知っている程度の情報しかないと思いますが、それでも宜しければ。
簡単に言うと、誰かが『透視してくれ』『透視希望』などと書き込むと、次に来た人が透視してみた結果を返信する、というスレッドで、透視された側は『当たった』『当たってない』とだけ返す人もいれば、かなり長文で感想を書き込む人もいて、スレが落ちたらすぐ立て直されるぐらいには盛り上がっているスレッドでした。
透視人の中には本当に透視が出来ると名乗る方も多く居たのですが、やはり実験スレだからか基本的には眉唾もので、まあそんなもんか、と流される場合がほとんどでした。だからこそ時折現れる"本物"に圧倒されるわけですが。
当時の私は中二真っ只中、でないだけ少しはマシでしたが、それでもスレを読んでいると自分だけがこの世界の裏側を覗いているような気分になって、のめり込んだものでした。
自称本物の透視人が来ている時に勇気を出して『透視希望』と書き込んでみた所、その日の行動、着ていた服、友人の特徴まで当てられて、流石に怖くなってしばらくアクセスをやめたことは未だに記憶に残っています。それでも様々な人の書き込みを眺めるのは楽しかったので、おそるおそるながらもROM専には戻っていたのですが。
そうしてずっと眺めていると、気付くことがありました。当たり前といえばそうなんですが、透視希望の書き込みより、透視人の方が遥かに少ないのです。いくら実験とはいえ、あまりにも当たらない透視人は自然とスレに来なくなりますし、的中率が高かったり、それっぽい事が言えたりする本物の透視人らしき人が来れば、その人に透視して貰いたい!という書き込みが殺到するので、一人一人の負担が大きくなり、結果、透視人候補が逃げていく、というわけです。
そんなものでスレは常時透視人を募集している状態で、いつの間にか、自称だろうが本物だろうがあまり関係なく、透視人が有難がられる存在になっていました。
『透視希望。透視人様に視て戴けたら人生が変わる気がするのです』
『最近何だか体調が良くないので、透視お願いします』
その内に、このような書き込みが増えてスレの過疎化が進むばかりな状況がだんだん嫌になって来ました。
『このままじゃスレパンクするから誰でもいいから見ろよ』
じゃあお前がやれよ……と思ってしまうような書き込みも手伝って、
『分かった!順番に見てやる!!』
なんて書き込んでしまったのが運の尽き。私はまったくの零感だったので適当に言うしかできないのですが、まあ、実験スレですし、特に反論もされずに、透視人をすることになりました。
『>>361
青い服、天使の羽、ゲーム機
>>364
黒い髪の毛、大きな滝、チワワ』
などと、最初は本当に適当なことを書いていました。自分の家にあるものや、テレビで流れていた映像、自分が行きたい場所、欲しいものなど、それらしい言葉を並べていくのです。
そんなもんで当たるわけないんですが、面白いことに、
『今青い服着てます……凄いです』
『当たってないです。でも、昔チワワ飼ってたので、もしかしたらその子が会いに来てるのかも』
というレスが返ってきて、書いた本人が一番驚くことになりました。特に2つ目の返信は、犬の霊が読めた(読めてませんが)ということで、私の信憑性を高め、透視希望者を増やすことになりました。
『>>755
黄色い花畑、蛇、星空
>>767
鶴、飛行機、チケット』
その後何度か透視人をしてみて分かったのは、人間というのは、適当に候補をいくつか出すと、自分の事情とこじつけて考えてしまう傾向がある、ということでした。
『755です。実は今度、プラネタリウム行こうと考えてまして…花畑と蛇にも気をつけてみますね』
『ちょうど旅行雑誌見てた。今度JALで飛行機取ってみるよ』
適当言ってる事で人が左右されている……少し罪悪感はあったものの、それでもまだ楽しい部分が勝っていて、透視希望者がまだ沢山いたこともあり、もう少し続けてみることにしました。
ただ、本当に適当言ってるのは何だか悪い気がしたので、透視希望者のレス番号を思い浮かべて、その後思いついた言葉を文章にする、という『透視もどき』に移行していきました。
『>>75
みかん畑に立っている男性。顔に傷がある
>>77
洞窟の奥に棲むドラゴン。水浴びをしている』
文章だとこじつけられないからか、透視もどきになってからは完全には当たらなくなりました。それでも別に排除されはしないのと、続ける内に言葉がスムーズに浮かぶようになり、ちゃんと透視している感が出てきたこと、何より、自分の言ったことで人が左右されなくなったこと。それだけでだいぶ気が楽になりました。
この頃になるとまた自称本物が現れるようになり、そちらに透視希望者が集まることも増えていました。私としても透視人が増えるのは嬉しいですし、自称でも本物の方に透視してもらった方が透視もどきよりよっぽど健全な気がしたので、願ったり叶ったりな状況でした。
そんな折です。
『誰でもいいから見て』
投げやりな依頼、というか挑戦的な文面。私がこんな透視もどきを始めるきっかけになったレスにも似た、人を焚き付ける文面。
普段ならスルーして自称本物が透視するのを待つのですが、少しイラッとしたこともあり、文面を確認して少しした頃にはレス番号を頭に思い浮かべていました。
その瞬間、目玉をくり抜かれたような顔の、長髪の女の姿がはっきりと頭に浮かび、うわ、と飛び退いてしまいました。
どうせならちょっと怖いこと書いてビビらせてやろう、なんて考えもあったので、脳が勝手に幻を作り出したのかもしれません。それにしてははっきりしすぎていた気もしますが。まだ心臓がバクバクする中、頭を落ち着かせようと、とりあえずスレッドの画面に戻りました。
誰かを指定はしていなかったので、自称本物も2名、そのレス番号に向けて返信しています。
『>>404
長髪の女性が家の中を徘徊している様子が見えました。何かを探しているようにも見えます。危険です』
『>>404
髪の長い女がこっちを見ている。非常に気味が悪い』
自称本物もほぼ同じことを書いている……怖がらせるため、にしては特徴が合っているので、同じ女が観測されたのでしょうか。しかし、それにしては、一番の特徴が書かれていない気がします。くり抜かれたような眼孔……一度思い浮かべてしまったら忘れられない程の特徴です。せっかくなのでその旨を書き込もうとした時でした。画面が更新されます。
『>>405
みえてる
>>406
みえてる』
咄嗟に全てを投げ出し、目を覆いました。
何故かそうしないといけない気がしたのです。
身体がガタガタと震えてうずくまっている内に、
気がつくと、私はどこかの四畳半に居ました。そこには、パソコンの画面に向かっている、知らない人が居ました。知らない人の後ろには、例の、長髪の女が居ます。
長髪の女は知らない人の眼孔に指を突っ込んでいます。しかしすり抜けてしまうようで、何度も何度も、眼孔に指を突っ込むのです。
知らない人はそんな状況でもパソコンの画面から目を離しません。長髪の女の存在には気がついていないようです。
画面を直視する、眼孔に指を突っ込む、画面を直視する、眼孔に指を突っ込む……いたちごっこです。
一体何をしているのでしょうか。そんなことをした所で、
長髪の女がふと、こちらを向きました。
目玉はやはりありませんが、しっかりと目が合っていて、ゆっくりと、口を開き、
うわあ!と声を上げて、目を覚ましました。どうやらいつの間にか眠っていたようです。
妙な夢でした。昨日の長髪の女の姿が頭に焼き付いていたのでしょうか。
しかし冷静になると、おかしい気もしてきます。先ほどから言っていますが、私は零感です。霊、どころかそんなイメージまで受け取れるはずはないのです。
外はもう明るくなっていました。頭は更に冷えていて、昨日のスレの内容は誰かが仕掛けた釣りなのでは、とまで思えるようになっていました。
スレは開いたままだったので、昨日の書き込み分で止まっています。そういえば昨日は勝手に画面が更新されたような気もしますが、無視して更新ボタンを押します。
スレは普通に続いていて、安堵しました。よくよく考えると昨日の返信も、『透視内容が当たっている』の表現と取れなくもありません。直前に自分が変なものを頭に思い浮かべてしまっただけのことで。
ただ、いつもと少し違ったのは、今までスルーされていた透視希望の書き込みにも、全て返信が付いていたことでした。自称透視人が本気を出したのかと思ったのですが、文面が少し引っかかる内容だったのです。
『>>122
見えてる
大きな山、二重瞼、白紙
>>157
見えてる
四畳半、三白眼、林
>>
見えてる
ゴミ箱、めばちこ、鉗子』
同じ枕詞と、無関係な言葉の羅列。
この手法は……言われた側が勝手にこじつけてしまう手法です。案の定、またよく当たる透視人が来た、と喜ばれています。
『私、二重瞼です。本当に見える方っているんですね』
『実家には四畳半じゃないけど畳の部屋あるし、裏に林もあるわ…そんなのよく見えたな』
『実は眼科医です。仕事場が見えたのかな』
自分がやっていたから分かるというのはそうなんですが、やはりこの手法はよく当たっているように思えます。偶然この手法になってしまったのか、本当に透視した結果なのかは分かりませんが、とりあえずスレが和やかに進んでいたので、心穏やかに画面をスクロールしました。
『>>122
みえてない
ありがとう
>>157
みえてない
ありがとう
>>
みえた
おまえか
!?と思った時には遅く、スクロールが止まらなくなりました。
『>>
おまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえかおまえか
咄嗟にパソコンの電源を抜いて、逃げ出しました。
その後、悪質ないたずらだろう、という結論になり、即削除依頼が出されて、スレが立て直されることはなかった、というのは周知の通りです。
しかしその日の夜、また奇妙な夢を……確認しました。
例の、長髪の女が、今度は初めからこちらの方を向いています。
私のことを手招きして、耳元で、言うのです。
「みえてるんでしょう?」
と。
そのまま目が覚めて、それで、ええと。
零感の私でも確認できてしまったので、余程強い思念だったのか、恐怖が作り出した幻覚だったのかは未だに分かりません。スレッドに書き込んでいた自称眼科医との因縁も、分かりません。全く知らない人です。
以上が、あの透視実験スレッドと、その他諸々について私が知っていることです。
何度も言っていますが私は零感なので、おかしなものが、観測できたり、おかしな声が聴こえた、としても幻聴だと思っています。
ほら、だから、先ほどの報告でも、『見える』、って一言も言っていないでしょう?
ですから、話しかけられても困るんですよ。
ちゃんと見える人の所に行ってくださいって。
え、なんですか、『分かった!順番に見てやる!!』って……?
……そんなの詭弁ですって。
貴女の視力を奪った眼科医なんて探せませんから。そんな力ありません。レス番号を思い出させないでください。
……私は零感です。くり抜かれた目をうるうるさせて見ないでください!!
みえない人 棚鏡(たなかがみ) @masshironina
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