第15話 土下座してもらおうか!
「ま、まあこのことは水に流して……。とりあえず今野さんこちらにどうぞ」
気まずすぎる雰囲気の中、塾長が今野に言った。
「は、はい」
少し元気のない声で今野が答える。こんな茶番の後じゃそれは元気なくなるよな。
塾長は塾の一角に今野を連れて行くと、そこの椅子と机の周りにパーテーションを配置する。
「では、こちらで当塾の説明をさせていただきます」
塾長が普段と違う真面目そうな雰囲気で言う。
「みんな、しばらく質問なしね。真面目に勉強しているように!」
塾長が俺たち3人と数人いた他の塾生に言った。この時間は他の講師はおらず、塾長だけだった。
適塾は集団授業ではない塾の特徴からなのか、俺も含めて人見知りで周りとのコミュニケーションを取るのが苦手な生徒が多い。塾に来てもノイズキャンセリングのヘッドフォンや耳栓をして自分の世界に没頭している生徒が多数派だ。
そんな中でも、中島先輩は例外で誰彼構わずとりあえず声をかけるタイプだ。俺が2年ほど前この塾に入った時に、真っ先に声をかけてくれたのが中島先輩だった。そのおかげですぐに適塾に馴染めた。だんだん下ネタしか言わないことに気づいて、少し引き気味にはなったが、気さくに声をかけてくれたことには今でも感謝している。
今ではあまりそうとは見えないが神崎先輩も人見知りだったらしい。同時期に入塾した中島先輩に話しかけられて、そのおかげで塾に馴染めた、と言っていたのを聞いたことがある。犬猿の仲のように見えるが、なんだかんだこの2人は普段からよく喋っている。口には出さないが神崎先輩も中島先輩に感謝している面はあるのだろう。
今野の姿がパーテーションの向こうに消えたのを見計らって、俺は小声で中島先輩に謝った。
「中島先輩、ごめんなさい。俺のせいで悪者みたいになっちゃって」
「ゲヘヘー、何言ってんだよ谷藤。俺はモーレツに感謝してるぞ」
「えっ!?」
「ゲヘッ、可愛い子に理不尽に謝るのってモーレツに興奮したぜ!」
だっ、だから顔を真っ赤にしてたんすね!
「中島!」
神崎先輩、これはやっぱ犯罪っすよね!
「わかりますよ。正直少し羨ましかったですよ。僕も謝りたかったです」
普段冷静な神崎先輩が少し顔を赤くして興奮気味に言った。
「神崎先輩まで何言ってんすか! こんなの犯罪でしょ」
普段適塾では心の中で突っ込むことが多かったが、思わず口に出してしまった。
「犯罪? これは可愛い後輩とはいえ聞き捨てならないですね。どこがどう犯罪なのか説明していただいてもよろしいですか? 冤罪なのに謝罪させられた。当然中島は被害者です。どこに違法性があるのかぜひ教えていただきたいですね」
神崎先輩の地雷を踏んでしまったようだ。普段は塾長に向けられる神崎トークが初めて俺に牙をむく。俺は焦った。
「えっ、だって中島先輩あんなに顔を真っ赤にして興奮してたじゃないですか」
「ほう、つまり谷藤は顔を真っ赤にするのが犯罪だと主張するんですね。では、高熱を出すのも犯罪、激しい運動をしても犯罪、顔を赤く塗ったりしても犯罪。てことでよろしいですか?」
どう聞いても屁理屈なのに、俺の思考力じゃ反論できない……。塾長は普段こんなのを相手にしてたんすね。
「そ、そうじゃなくて、顔を赤くするんじゃなくて、女子の前で興奮するのが犯罪でしょ」
かろうじて反論を絞り出した。
「『女子の前で興奮するのが犯罪』気づいているかわかりませんが、谷藤は今人類の存在自体に喧嘩を売っていますよ。それに仮にそれが犯罪として、興奮していることをどうやって客観的に立証するんですか? さらに憲法19条、思想・良心の自由、何を考えていても内心にとどめている以上は自由。民主主義の根幹の一つですね。谷藤は民主主義にも喧嘩を売っていますね」
中島先輩の敵どころか、人類の敵にまでされてしまいそうな勢いだ。こんなの敵うわけない。俺はこれ以上の反論を諦めた。
「ご、ごめんなさい。俺が悪かったです。謝罪します」
「ゲヘヘー、俺たちの勝利だな! 神崎!」
中島先輩と、そんなキャラではないはずの神崎先輩がハイタッチをする。「キィーッ!」、なぜかとても悔しい! 塾長はいつもこんな気持ちだったんすね……。この2人、実は同じ性癖で固く結ばれてるな!
「ゲヘヘー、では谷藤、土下座して謝ってもらおうかな!」
調子に乗った中島先輩が言う。くっ、屈辱だぁ。
「中島! それはやりすぎです。刑法223条、強要罪で逮捕されますよ」
「ゲヘッ、結局このパターンかよ!」
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