第13話 ふじのたにこそ

 いつもの茶番をよそに、俺は貰ったチケットを仕舞おうとしてバッグを開ける。その時、桜の花があしらわれた薄い桃色の封筒に気がついた。塾に来る前に適当に教科書や問題集をバッグに放り込んだ時には気づかなかった。あれ? これなんだっけ? 俺は記憶をたぐり寄せる。そうだ、昨日東京駅に着いて解散になった後に、今野が渡してきたんだった。


      ******


 東京駅から地元までは中村とあと数人の友人と一緒に帰ろうと約束していた。その前にみんなトイレに行ってしまった。俺は別にトイレには行きたくなかったので、「じゃあ俺が荷物見てるからみんな行ってきなよ」と駅の一角でみんなの荷物番をしながら一人で待っていた。そんな時、今野が近づいてきた。


「おい、谷藤」


「なんだよ?」

 俺は警戒して答えた。なんだ、さっきの復讐でもしにきたのか? もしくはまた罰ゲームか? あまりいい予感はしなかった。


「これ」

 今野が薄い桃色の封筒を渡してきた。


「な、なんだよこれ?」

 爆弾でも入っているのか? それにしては薄いか。じゃあ、果たし状か? それにしては可愛らしい色だな。俺は戸惑った。


「いいから受け取れよ。あと絶対に帰ってから一人で読めよ。絶対だぞ!」

 今野が念を押した。俺は周りを確認した。陽キャグループの姿は見当たらなかった。これは罰ゲームではないのか? いや、まだ油断はできない。どんな手でさっきの恨みを晴らしてくるのかわからない。俺は警戒を解かなかった。


「なんだよ、何企んでんだよ。あんな失礼なことしてきたんだ。俺はお前を信用してないからな」

 俺は少し冷たく言った。


「な、なんだよ、あれは悪かったって言ってんじゃんかよ。しつこいやつはモテねーぞ。いいからもらっておけよ!」

 少し機嫌を悪くした今野が無理やり封筒を押し付けてきた。俺は仕方なく受け取った。


「いいか、絶対帰ってから一人で読めよ! 絶対だぞ!」

 今野がしつこく言った。お前もモテねーぞ! 心の中で思った。そして、スタスタと今野は去って行った。なんか中村たちに勘違いされても嫌なので、俺はバッグの中に素早くその封筒をしまった。

 

 その後は、みんな疲れていたのか、あまり会話もせずに地元の駅まで過ごした。家に着いた後も疲れすぎていたので、封筒のことなど忘れて、すぐにベッドに横になった。幸い明日は修学旅行の代休で学校は休みだ。ゆっくり休める。


 眠りにつくまでの短い間、この3日間を振り返っていた。最終日に大きなトラブルがあったが、神様のおかげ? でいい経験になった。最高の修学旅行だった。自分でも人間的に成長したと感じた。タイムリープしているので、みんなの記憶には残っていないだろうが、適塾のみんなもありがとう。俺は明日塾に行ってみんなにこの3日間の出来事を報告するのが楽しみだった。


      ******


「おい、谷藤、その封筒なんだよ? まさかラブレターか?」

 桃色の封筒に気づいた塾長が言う。


「そんなわけないっすよ。あの、さっき言った今野が渡してきたんすよ。帰りの東京駅で。あいつのことだから、きっと悪口か、またはなんかの罠っすよ」


「そんな可愛らしい封筒でか?」

 神崎先輩が言う。


「だからこそ怪しいんすよ」

 俺は本音で答える。


「ゲヘヘー、谷藤にラブレターなんて、塾長の次ぐらいにありえないもんな!」

 デリカシーゼロの中島先輩が言う。


「キィーッ、谷藤の次に俺だ!」

 塾長とワースト競ってるんすか俺は!


「中身は見たのか?」

 神崎先輩が聞く。


「いやまだ見てないっす。忘れてたっす」


「ゲヘヘー、俺様が見てやろうか!」

 中島先輩が封筒に手を伸ばす。中身が何かわからないが、それは絶対に嫌だ!


「ダメっすよ!」

 俺は少し大きい声で言う。


「じゃあこの塾長が特別に確認してやろう」


「いや、デリカシーマイナスの中島や、センスゼロの先生には任せられませんね。ここは僕が見極めましょう」

 みんな興味深々だ。そのプレッシャーに押され気味の俺は妥協案を出してしまった。


「じゃあ、まず俺が一人で中身を確認するっす。その後でみんなに見せるか考えていいっすか?」

 みんなの前で確認するのは正直嫌だが、俺は仕方なくこう言った。まあ内容次第ではみんなの意見を聞きたいので、いいかもしれない。俺は無理矢理自分を納得させて、封筒を開けた。


「ちょっと離れててくださいよ」

 覗き見しそうな勢いの3人を前に俺はそう言った。


「仕方ねーなぁ」

 意外とみんな素直に離れてくれた。


 それを確認した俺は封筒の中の三つ折りにされた一枚の紙を取り出した。それは封筒と同じ桃色の便箋だった。それを開くと、やはり封筒と同じ桜の花が上部全体に描かれていた。その下にボールペンで書いたと思われる可愛らしいひらがなで一首の短歌が書いてあった。


ひしてこそ

つれなききみは

いふなれど

ふじのたにこそ

さかまほしけれ


 これだけで他には文字は何もなかった。ん、なんだこれは? 短歌なのはわかるぞ、でも意味がわからない。少し前ならばここで諦めていただろう。


 だが、今の俺ならば解釈できるかもしれない。わずかながら短歌にも古文にも興味を持ってきた俺は、塾長の手は借りずに自分なりに読み解いていこうと思った。


 「ひしてこそ」は俺の歌にもあったからわかる。「つれなききみは」は連れがいない君は、つまり、友達がいないあなたはってことかな? やっぱり悪口なのか? 「いふなれど」は言うけれどってことだろう。


 ここまでは、

 「秘してこそなんて、友達もいねえテメェが偉そうに言いやがるけど」

 今野の普段の口調を考えるとこんな感じかな。これはやっぱりラブレターなんかじゃなくて悪口の可能性が高そうだぞ。俺は気が進まなくなったが続きも読み解いていった。


 「ふじのたにこそ」、富士山の谷ってことかな、なんか俺の名前をもじってる気もするな。谷藤こそ、テメェこそって感じか。「さかまほしけれ」、これが一番意味がわからない。「けれ」は「こそ」が前にあるから、係り結びってやつで「けり」の已然形いぜんけいだな。俺は今回一番覚えた知識を思い出す。意味は主に強調だったな。


 「さかまほし」、これが難関だぞ、さかまが欲しいってことかな。さかまってなんだよ! 「さかま、さかま、さかまー」頭の中にスーパーの鮮魚コーナーに流れているような歌が流れた。でも魚のわけないだろうしな。


 あれこれ考えた俺はちょっと閃いた。あっそうか! 仲間ってことか、きっと古語では「なかま」のことを「さかま」とも言うんだろう。「つれなき」にもつながるし。俺は塾長の力を借りずに短歌を解釈できた自分がすごいと思った。俺成長してるぜ!


 つまり、今野のこの歌は

「『秘してこそ』なんて友達もいねえテメェが偉そうなこと言ってやがるけど、谷藤、テメェこそ閉じこもらないで本当は仲間が欲しいとか思ってやがるんだろ!」


 こんな意味だと思われる。係り結びで強調までしやがって! やっぱり今野は嫌なやつだ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る