モブナンパ男の俺、間違えてヤンデレ娘にばかり声をかけてしまう
森空亭(アーティ)
第1話 演技だとしても、救われた側からすれば本物なこともある
――演じることが好きだった。
真面目で、面白味のない人間だと自覚的だから、新鮮なのだ。
別人として存在しながらも、自分だけの色を出して人々の感情を動かす。こんな楽しくて素敵な時間はない。
「好きなだけじゃ、ダメなのかな……」
俺は演者としての限界を感じていた。小さい劇団に所属して中学の頃からこの道で頑張ってきたけど、才能の差を痛感することばかりだ。
俺の通う高校には演劇部はない。だから、この劇団で結果を出すしか演技を続けることはできない。
ただ続けるだけじゃなくて主役になりたい。
メインキャストは役者にとっては憧れで、誰もが目標にして、勝ち取るために必死だった。なら、それ以外の――例えばモブの役は価値がないのだろうか?
そんなはずがない。
「価値を宿せる役者になるんだ。俺だけのモブも、悪くない」
どんな小さな役目でも、僅かな出番だとしても、立派な仕事。むしろそう言った細かい部分の積み重ねが良い劇を作るのだ。
最高に主人公が輝くようなモブを演じられたら、そんな演技力を手に入れればいつか俺も――主役を勝ち取れるかもしれない……!
「次の脚本」
ヒロインをナンパして――主人公に撃退されるモブナンパ男。
そんな役がある。
最初からこの役を希望する演者は少ないだろう。俺はまずこの役を完璧にする。
「実践してみるか?」
役作りの一環として、街中でナンパするのは効果的かもしれない。
ただ、相手の迷惑にならないことが絶対だ。
相手が暇そうだったり、しつこくからまないのは大切だろう。そこは徹底しよう。
そうだな……。最初から相手にされなさそうで、周りの男が撃退してくれそうな美少女なら、受け入れられるというアクシデントもないだろう。
「断られたり、思わず周りの男が撃退したくなる(しやすい)感じのモブナンパ男が理想なわけで……」
早速イメージしてみる。
一人称は『俺ちゃん』で、決め台詞は「君、かわうぃーねー!」みたいなチャラい感じでいくか。
ただ、恐怖を与えないように容姿はヤンキー系ではなく、ちょっと背伸びしてそうな絶妙にダサい感じがベストだ。
「ダサい服を買いに行くか。逆に持ってないし……」
*
「いい感じなのでは……?」
俺はお店の試着室で、鏡に映るだっさい自分を見て満足していた。
完璧なモブだろう。
これにナンパされたら無視するだろうし、周りの男も止めに入りやすいはず。
「よし」
試着室から出る。
今、この瞬間からスタートだ。
お会計を済ませて、お店を出る。
「美少女いねぇかな……」
俺は夜の街を歩きながら、周囲を見渡す。ターゲットになりそうな子を探す。
「お?」
ガチャポンを回している美少女がいた。
閉まっている飲食店の、前に設置されたそれに二百円を入れ続けている。
「ちーす! 君かわうぃーねー!」
俺はスキップしながら回転しつつ、その子の前に立つ。
もちろん投げキッスも忘れない徹底ぶりだ。
不思議そうな顔でこちらを見る美少女。うん、分かるよ。ここまでされたらキョトンとしちゃうよね……。
ダサい男がこの口調と動きでナンパしてくるんだもん。俺でもその反応するわ。
「俺ちゃんと遊ばなーい?」
「……正気?」
「およ? 遊びじゃなくてマジが良かった的な? おっけおっけ、俺ちゃん本気だから。マジで愛しちゃうからさ♪」
「ふーん」
ガチャポンの前で座り込んでいた美少女が立ち上がる。
俺を真っ直ぐに見つめると、少し笑った。
「いいよ」
「…………まーじ?」
暇そうな子ではあったけど、コレについて来るとか、こっちこそ正気なのかと問いたい気分である。
周りの男達も、許可されちゃったから止めに入れなくて残念そうな顔だ。
俺も残念だよ!
「誘ってきたくせに、この後のこと考えてないの?」
「俺ちゃん自由を愛してる男だから、常にノープランで生きるよん♪ まぁ、君のことはもっと愛しちゃってるけどなっ! キタコレ」
「……」
ここまですれば、ドン引きは必至。
受け入れられては困るのである。さっさと断ってくれ!
「ふふ、バカみたいね」
「正直なんよ」
「……下半身にでしょ?」
「俺ちゃん、こう見えて純愛派だから。結婚するまで清い関係的な?」
「へー」
心なしか美少女の好感度が上がってしまった気がする。
距離をつめられた。
こんな胡散臭いことしか言ってないのに、なんで言葉のまま受け取るんだよ。
「手つながないの?」
「もち、繋ぐっしょ」
「清い関係なんじゃないの?」
「それはそれとして、下心はあるっしょ。可愛い子相手なら当然じゃね?」
「私の、どこが可愛いと思う?」
……きたぞ、この質問を待っていた!
「ガチャポン回してる姿が健気的な? 俺ちゃんトキメイチャッタ♪」
「そこ?」
「むしろ他になくね?」
「……ふーん」
褒めるべき点はいくらでもある。例えばルックス――腰まである長い金髪にちょっとゴスロリ寄りのファッション。カラコンであろう赤い瞳。
だが、そのどれも褒めたりはしない。
機嫌悪くなったか? これは――やったか?
「私も、ときめいたかも」
「は?」
まてまて……。今のやり取りのどこにそんな要素あった?
笑顔で俺の手を握ってくる美少女。
「私は
「知らない」
なにそれ聞いてない。
最初の正気? と聞いてきたのは有名人の私につり合うとでも? ということか?
本当になんでこの子は断らないんだ?
「ファンでもなかったんだ……。ガチャポン回してる女なら誰でも良かったの?」
「おうよ」
本来なら否定するべきだ。でもしない。
だって、さっさとフラれたいんだもん。もう帰りたい。
「あはっ、即答だ」
有栖ちゃんは今までで一番の笑顔だ。
ちょっと変わった子なのかもしれない。今の回答に喜ぶとか、わけがわからない。
「嘘ばっかりなのに、貴方のこと嫌いじゃない。本当は下心ないでしょ?」
「あぁ、実は嘘をついた。下半身にも正直だぜ♪」
「本気で、遊びだけのつもりで話しかけてくる人、久しぶりで嬉しい」
どうやら遊び人キャラだと思わせたようだ。
しかし、なぜそれで喜ぶのか……。
くそっダメだ。演技に集中できねぇ。もうキャラもブレブレだ……。
「遊びじゃなくてマジなんですけど?」
「あれ、本当っぽい……? 貴方って不思議な音ばっかりね」
「音?」
「なんでもない」
俺の手を引きながら、有栖ちゃんは楽しそうに歩いて行く。
目的地もなく、冒険でもするように。
「これも運命か……。今日は最後まで有栖ちゃんに付き合うぜ」
「誘ってきたの、貴方だけどね」
「それはそう」
俺が原因なんだし、この子の退屈を紛らわせるために、最後まで楽しませるように頑張るしかない。
どうしてこうなったのか……。
「運命――結婚相手のこと、みんなそう言うよね。私は信じてなかった」
「そう思い込んだ奴らがするもんじゃね?」
「ふふ、そうかも」
「俺ちゃんが、運命の相手になってやるっしょ♪」
もう、このチャラ男キャラを最後まで貫き通してやる!
演技のため、と。割り切ろう。そうしよう。
「言質、とったから」
「おうよ」
そんな軽口も慣れてきた。
有栖ちゃんもきっと、俺をからかって遊ぶ方針なのだろう。
「……」
俺は気が付かなかった。
この時、有栖ちゃんは微塵も冗談など言っておらず、その目が光っていることに。
*
嫌われても良いから、私を知ってほしかった。
私の人生は空っぽだ。
容姿ばかり、才能ばかり、誰も私の中身を見ようとはしない。ある日突然中身が変わっても、誰も違和感を持たないだろう。その程度の関係しかない。
「死ぬ時って、どんな音かな?」
両親の愛してるという言葉が、嘘だと気が付いたのはいつだったか。
私は耳が良い。良すぎる。
感受性も人並み外れていて、ピアニストとして幼い頃から有名だった。誰もが私の才能を称え、容姿を褒めた。
両親も例外ではなかったのだ。愛されていたのは美しい私で、自慢のピアニストな娘だった。
「自分の音はよく分からないや……」
人の言葉には、声には、全てが現れる。それは特殊な訓練でもしない限り消すことのできない真実で、本音だ。
いつからか、私は声だけで嘘なのか、本音なのか、判別できるようになった。
「今日で終わりにしよう」
YouTubeに演奏の動画を上げて、登録者は三万人を超えている。
でも、この中にどれだけ私の音を愛してくれている人がいるのだろう?
顔出しをしていた私は、ルックスだけで男性の視聴者を獲得していることに気が付いた。現実と違って、コメント欄の応援の言葉が、全部嘘に見えた。
「最後に、あのお店に行こ」
私がまだ、嘘を信じられた頃。幼い日に両親と来た飲食店。
帰りにガチャポンを引かせてもらって、大喜びで仲良く帰った美しい記憶。
私は今日死ぬ。自殺する。
「美しい記憶だけ抱いて、死にたい」
私にはそれくらいしかなかったのに、お店は休みで閉まっていた。
どうしていつも、うまくいかないんだろう。
なんで、私は幸福になれないような才能を持って生まれたのだろう。
「はは」
目の前にあるのは、ガチャポンだけ。
私には、それしか許されないらしかった。神様、こんなのってないよ……。
「ちーす! 君かわうぃーねー!」
信じられないくらいダサい動きと口調で、同じ歳くらいの男の子が話かけてくる。
どうやら、私をナンパしているらしい。
でも、いつもと音が違う。普通の男性の音と違う。
「……」
たくさん会話するたびに、驚いた。
彼の声は不思議だ。
面白いのは、彼の声が嘘だったのは下心を肯定する時で、本音だったのが私を知らないという言葉。
ガチャポンを回してる女なら、誰でも良い。その言葉すら本音だった。
信じ難いことに、私の行動だけを見て、面白そうだから遊び半分で話しかけてきたということになる。
「言質、とったから」
彼が運命と言った。その言葉にも嘘はなかった。
もう少しだけ生きることにしよう。運命の男の子に出会えたのだから――
モブナンパ男の俺、間違えてヤンデレ娘にばかり声をかけてしまう 森空亭(アーティ) @kqxgs3400
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