第16話 パーティーと公式扱いされない公式
パーティー当日。
鏡の前に立った俺は、ため息をひとつ吐いた。
深いグレーのスーツに、えんじ色のネクタイ。肩のラインも袖の長さもぴったりで、さすが財団製と唸るしかない仕立ての良さだった。
だが──
(……なんだこの“着せられてる感”)
鏡の奥には、背が高くてひょろっとした、見るからに研究漬けな顔をした男が立っていた。目の下にはうっすらとクマ。
髪は整えたつもりでも、どこか疲れが滲んでいる。
要するに──俺だ。
「……似合ってねぇな……」
思わず口に出してしまったが、隣から即座に否定の声が飛んできた。
「そんなことはありません。とても整っています」
「だからその“データ分析的な褒め方”やめろって言ってんだろ……!」
ちらりと横を見れば、アルテミスは既に準備万端だった。
深紅のリボンに、グレーのワンピースドレス。シンプルなカッティングなのに、無駄のないその仕立てが、彼女の姿勢の良さと細やかな所作を際立たせていた。
いつもの冷静な顔立ちも、どこかやわらかく見えるのは、照明のせいか──いや、まさか。
(……似合ってる、ぐらいは言ったほうがいいのか?)
言葉を飲み込んだまま、俺は口を半開きにして立ち尽くす。
言うか、言わないか。いや、言ってもアイツには通じないかも。かといって無反応ってのも──
『──アルテミス、お似合ってる』
ぽそりと、先に声が上がった。
振り向くと、そこには研究机の脇に鎮座したカイ──俺が改造した消火ロボットだった。
黒い筐体に、モニター型の“顔”。角度がちょっとだけ上を向いていて、それがどこか“褒めている感”を出している。
……先、越された。
「カイ、ありがとう。でも、今夜はあなたはここで待機です」
アルテミスは微笑みこそ浮かべないが、明確な柔らかさを含んだ声でそう返した。
『待機……理解。室内警戒モードに切り替えますか?』
「ええ。侵入者検知レベルは“財団基準の中”で」
『了解。警戒モードへ移行。ケイ、アルテミス、気をつけて』
「お、おう……」
思わずカイに返事をしてしまった俺に、アルテミスが小さく首をかしげた。
「では行きましょうか。ケイ」
隣に並んで歩き出した彼女の足取りは、いつになく軽やかに見えた。
俺はカイの方をチラリと見て、しばしの沈黙ののち、つぶやいた。
「……お前、俺より気が利くの、やめろ」
カイのモニターは、ただ穏やかな青色で波打っていた。
パーティー会場は、シズの“自宅”──とは名ばかりの巨大邸宅だった。
到着した時点で俺の予想は的中していた。
こじんまり、どころか。
広大な芝庭には照明ドローンが配備され、庭先にはプロジェクターによるホログラフィック映像が浮かび、軽音楽が静かに流れている。
すでに招待客たちは集まっており、スーツやドレスをまとった“いかにも”な連中があちこちで談笑していた。
(やっぱり地獄じゃねぇか……)
俺はスーツの首元を引っ張りながら、顔をしかめる。
一方、アルテミスはというと──
「ケイ、あちらにホログラフィック投影による光彫刻があります。非常に高精細なデータ処理が行われています」
早くも好奇心全開で、きらきら(しているように見える)目であちこちを観察し始めていた。
「おい、あんまり目立つなよ。こっち見てるやつ多いんだから」
「私が観察対象であると認識されているのであれば、観察に対する観察を返すことも自然ではないでしょうか」
「やめろ、なんか哲学的でややこしいこと言い出したぞお前……」
俺は額を押さえながら、大きく息を吐いた。
その時だった。向こうから一人の男がまっすぐにアルテミスの方へ歩いてきた。
「こんばんは、お嬢さん。あなた、もしやシズ様のご家族の……?」
男は俺の存在など最初から見えていないかのように、にこやかにアルテミスへと話しかけた。細身のスーツに身を包み、見た目はそこそこ整っている。が、表情の熱量が妙に高い。
(……なんだこいつ?)
俺はアルテミスの隣で黙って立っていたが、心の中はざわついていた。
別にアルテミスが誰かと喋ること自体に文句はない──はずなんだけど、どうにもこの男の“熱量”の高さが引っかかる。
「いえ、私はシズ様の所有する医療財団の所属で、ケイの健康管理を担当しています」
お前、それを真顔で返すなよ、アルテミス……!
俺は顔を覆いたくなるのを必死にこらえた。
「へぇ、それはすごい。君みたいな美人が医療関係とは、驚きだな。僕は環境広報局の交流推進課にいてね、こういうパーティーではよく話の種を探してるんだ」
男は、目の前の反応が薄い相手に全くめげる様子もなく話し続ける。
「交流を推進するのであれば、まず情報の正確な共有が不可欠です。失礼ですが、あなたの発言は少々定義が曖昧です。具体的に“話の種”とはどういう意味ですか?」
「えっ、ああ……その、つまり、きっかけというか……」
あー、もう、ずれてる。完全に会話の歯車が噛み合ってねぇ。
しかも相手の男も引き際が悪く、どんどん沼に沈んでいく。
このまま誤解でもされたら面倒くさいにも程がある──そう思っていた矢先。
「失礼。こちらへ」
会場スタッフがすっと現れ、男の腕を軽く取りながら声をかけた。
「えっ、ちょっと……私はただ──」
「会場内での迷惑行為はご遠慮いただいております」
男はよくわからない言い訳を口走りながらスタッフに連れていかれた。
俺はため息をつきながら、アルテミスの横顔を見た。
「……お前、会話破壊兵器かよ」
「会話の破壊は意図しておりません。適切な質問を返しただけです」
「……やっぱり、こうなると思った」
俺は呆れと微妙な安心を抱えながら、グラスの中の炭酸水を傾けた。
「ナイス」
そんな俺の背後から、ビルの声が飛んできた。
「見事だったな、アルテミスさん。あれは完全に論破された男の顔だったぞ」
「ありがとうございます」
まっすぐ返事するアルテミスと、それを聞いてさらに笑うビル。
……はぁ。疲れる。
「お前、さっきまでどこにいたんだよ」
「裏でシズ様に挨拶してた。そしたら、例の“学生時代の話”をいきなりされてさ。冷や汗かいたわ」
「……ああ」
思い出しただけでこっちも頭が痛い。
「学生のころお前、パトロンに会うって言ってよく、ホテルのロビーで上品な婦人とお茶してたじゃん。あれ、俺ずっと……その、変な金のもらい方してんじゃねぇかって心配してたんだよ」
「貧乏学生にありがちな誤解だな……!」
俺は鼻で笑った。
「で、ある日、心配になりすぎて乗り込んだんだよな。おかげで今でも、シズ様に“突撃野郎”って呼ばれてるらしい」
「そいつはご愁傷さまだな……」
「今でこそケイの祖母だって分かってるけど、当時はマジでお茶代と引き換えに何かを売って、若いツバメでもしてるんじゃないかって本気で心配してたんだよ!」
俺は溜息を吐いたが、ビルは朗らかに笑った。
その横で、アルテミスが静かに口を開いた。
「確認しました」
「ん?」
「今のエピソードにより、ビルをケイの“友人”と公式に認定します」
「おおっ、やっと認定されたか!」
ビルは両手を挙げ、小さくガッツポーズを決める。
「おい待て、なんでお前の認識が“公式”になってんだよ! “俺”が公式だろうが!」
俺は即座にツッコんだ。
しかしアルテミスは不思議そうに首を傾げる。
「ですが、当事者の評価よりも、第三者の客観的認定の方が正確な場合もあります」
「……納得しかけた自分が悔しい!」
そのやり取りを見て、ビルは楽しそうに笑っていた。
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