第11話 哭ク声

 絞り出すような声だった。


 それに答えることもなく、マーカスはケントの座る席の前のテーブルに、飲み物のびんを置いた。

 ケントはそれに手を伸ばすでもなく、話を続けた。


「お前たちが、どんな生き方をしてきたかなんて、知らないよ。 だけど、ここでなにしてたかぐらいは知ってる。 だって……俺たち、同じ専科で みんなで一緒にやってきたんじゃないのかよ」


 マーカスはなにも言わなかった。

 ケントはうつむいたまま、


「なんでこんなことになっちゃったんだよ……? なんでこんな事態になるって思わなかったんだよ……? マーカス……俺だって……お前たちがいなくなるのは悔しいよ……」


「……ごめんね、ケント。俺はどんな責めでも耐えられるけど……あいつはまだ……だめなんだ」


 マーカスはそれしか言えなかった。


「……ごめんね……みんなにも謝っといて……勝手ばかりしてごめん……」


「――!」


 あふれ出る涙を止めることのできなくなったケントに、マーカスはポツリとつけ加えた。


「元気でね」


 ◆


 翌日、朝からダルトンの号令で、四人の班長は再び円卓会議室へと集合した。

 そのうちの一人であるボビーが言った。


「なんで俺まで呼ばれるんだ」


 謹慎中の身で呼ばれるのは、不本意とでも言いたげな顔で尋ねた。


「まだ異動の通達がないからじゃね?」


 リカルドが平然と答えた。


「部下の指導は班長の務めだし」


 重ねて隣に座っているデニスが、歯を見せて笑いかけてくる。

 重大問題が起こっているにも関わらず、相変わらずお気楽な二人の態度にボビーは


「だから。そう言う馴れあいがヒューイの誤解を招いて、冗談で済まされると思わせたんじゃないのか」


 と半ばあきれ気味に言うと、デニスが


「まぁ、結果オーライの合理主義だからな、うちの部署って。細かいことにはこだわらない」


 と開きなおった。そこにウィルが


「その悪しき伝統が今回裏目にでたってところかな?」


 とからかうと、リカルドは少し不満げな様子で、


「だいたい、学園卒がくそつだって規律ルールなんてロクに知らないんだぜ。本当なら、研究生の4年かけて覚えるもんじゃないのか。」


 と擁護ようごした。それを聞いたデニスが左手を上げる。リカルドはそのまま右手でハイタッチをした。


「もともと、一番は〈二人一組〉で動かすって禁忌(=暗黙の了解)を破ったってところからなんだし」


 と付け加えたデニスに、ボビーが


「ヒューイも言ってたが、そもそもなんなんだ。そのルールって言うのは」


 とたずねた。

 そこへ遅れてダルトンが入室してきた。


「遅れて済まない。みんな揃ってるかい」


 といい、四人の顔を見渡した。そして、


「今回の問題になった点だが……」


 と話し始めると


「ヒューイの暴走」


 とデニスが片手を上げて発言した。それを受けてリカルドが


「だよなぁ。まさかサーバーにアクセスなんて」


 あきれるようにつぶやいた。さらに加えてデニスが、


「SIS(中央情報処理部)もあせって、速攻システムの見直しと、更新をかけたって話だぜ」


 と補足した。


「問題は奴がを残さずをやったことをってことだ。本気になったらどうなってたか……。こうなると、ここ(SIS分室)には置けない」


 ダルトンが静かに語った。

 隣に座るウィルが


「いい腕なんだけど……両刃もろはつるぎか。内部じゃ無理なのかもな」


 とその才能を惜しむように言った。するとリカルドが


「規則を知らなかっただけだろう? 知ってるいまじゃ、大人しく反省してるって聞いてるぜ」


 と再び擁護をした。話を聞いていたデニスが


「どの道SISに所属するなら、規律の教育は必要ってことだよね」


 と付け加えると、同じくいままで黙って聞いていたボビーは


「再教育か……」


 とつぶやき、沈思ちんしの色を浮かべた。

 その様子をみながら、デニスがさらに投げかけた。


「あと、マーカス」


 ヒューイによって消されたデータは、復旧を遂げ、マーカスの異動は内定していた。

 デニスは話を続けた。


「あいつ……訓練校にきたときには、すでにヒューイと一緒だったんだ」



 ----

(本文ここまで)


【あとがき】

 ・哭ク声 -なくこえ-

 くは深い喪失を表します。

 全編とおしでは、持病の発覚→二人の会話→班長会議と移る中で、この会話は読み飛ばされ気味なのですが、実はここもこだわった逸話エピソードの部分です。


【予告】

 ・先達の心秤 -せんだつのしんぴん-

「何故、約束は破られたのか」の説明です。

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