第30話 わたしの知らない救い

三日後、学校に連絡が入った。


白川澪の保護者に対し、行政からの正式な通達が出たという。

“継続的な精神的抑圧と支配の可能性”

“本人の意思に反した無言の環境圧”

“調査への虚偽報告の疑い”


——すべてあの時の録音と証言が引き金になっていた。


---


「白川さん、しばらく保護下での生活になります」


教師が淡々とそう告げた。

澪本人にはまだ何も知らされていない。


---


俺は空き教室の片隅から遠くの廊下に立つ澪を見ていた。


彼女は今日も静かに歩き、誰にも迷惑をかけず、

小さな声で挨拶をしていた。


それでいい。

それしかできなかった彼女を、ようやく“変えてはいけない場所”から引き離せた。


---


「ねえ、わたし……なにか変わりました?」


放課後、廊下の窓際で澪に声をかけられた。


「変わったって?」


「空気が少し……軽くなった気がするんです。

 家のことじゃなくて、自分のことがすこしずつ……」


---


それは彼女の内面にしかわからない感覚だ。

けれど確かに澪は変わろうとしていた。


---


「……そう思えるなら、きっと本当に変わってるんだと思うよ」


「そうですか……そうだといいな」


澪は少しだけ笑ってでもその表情は今までとは違っていた。


どこか遠くを見るような目だった。


---


(この笑顔が、誰にも命令されていないものでありますように)

俺は心の中でそっと祈った。


この物語はまだ途中だ。

でも今だけは——


“澪が、命令なしで笑っていられる”というこの一瞬があればいい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る