第24話 この心をほどくために

澪の様子が明らかにおかしかった。


いつもどおり静かで笑顔も同じ。

けれど何かが決定的に“違って”いた。


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「白川、ノートありがとう。助かったよ」


「……いえ、どういたしまして」


いつもなら少し照れながら返してくる澪の声が今日は妙に平坦だった。


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教室に戻る途中、すれ違いざまに目が合った。

その一瞬でわかった。


——澪の瞳が焦点を結んでいない。


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(これは……ただの疲れじゃない)


無理をして笑っているわけでもない。

感情を捨てて作った“笑顔の仮面”——そういうふうに見えた。


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昼休み、俺は教室を出て澪の後を追った。


彼女はいつものように屋上へ向かうかと思えば、廊下の突き当たりで立ち止まる。

俺に気づくと、小さく笑った。


「……どうかしましたか?」


「空き部屋、ちょっと付き合ってくれ」


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旧校舎の隅、誰も使わない空き部屋で、俺は澪と向かい合っていた。


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「ここ座って。話をしよう」


「……話すことなんて、ないです」


「本当にそう思ってるのか?」


「……はい」


まるでそう“言うしかない”ことが決まっているかのような反応だった。


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俺は軽く息を吸って、声に出した。


「白川澪に命じる。今から10分間、俺の言うことに従え」


【対象:白川 澪】

【支配開始】

【残り時間:10分00秒】


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「安心していい。怒らないし否定もしない。

 だからいまは、俺に委ねてくれ」


澪はほんの一瞬だけまばたきをして、無言で立ち上がる。

そのまま俺の膝の前に腰を下ろし、静かに頭を乗せてきた。


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「澪。つらいか?」


「……つらいとは思っていません」


「じゃあ、どうして泣いてるんだ?」


「……わかりません。でも涙が止まりません」


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ぽたり、と俺の太ももに熱が落ちた。

涙の意味も彼女はわかっていない。


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「思ってることを話せ。思い出す限りでいい。

 俺は全部、ちゃんと聞くから」


少し沈黙があって澪はぽつりと口を開いた。


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「昔から、“黙っていなさい”って言われて育ちました。

 “女の子は静かにしてるのが一番だ”って。

 褒められたことは……あんまりありません」


「……」


「いい子だって言われたことはあります。

 でもそれは、ただ“都合のいい子”だっただけです。

 聞き分けがよくて、余計なことを言わない。

 そういう子が“いい子”だって、言われてました」


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感情のない声で語られる言葉に、俺はただ膝を撫でることしかできなかった。


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「わたし、ずっと“正解”でいようとしてきました。

 怒られないように、迷惑かけないように。

 でもそれって……

 本当は誰にも必要とされてなかっただけかもしれないって、最近、思うんです」


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【残り時間:00分29秒】


「澪。今日来てくれて、話してくれてありがとう」


「……はい」


---


【支配終了】


---


スキルが切れた途端、澪は寝てしまった。

膝の上で、まるで壊れた時計のように静かに時間が流れていった。


俺はただ、そっとその髪を撫でていた。

この子の“根”を確かめるために、次に進むと決めた。


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そしてなぜか、起きた澪はこの会話を全部忘れていた。

強くなった能力の影響なのか以前は思い出していたはずなのに。

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