はなれるなんて、ゆるさない。

苺太

はなれるなんて、ゆるさない。

あなたのすべてを狂おしいほど愛していました。


あなたの笑い方が好きでした。

あなたの話し方が好きでした。

あなたの歩き方が好きでした。

あなたの綺麗な食べ方が好きでした。

あなたの自然な気遣いが好きでした。

あなたの朗らかさが好きでした。

あなたの優しさが好きでした。

あなたの柔らかな声が好きでした。

あなたのきらきらした瞳が好きでした。

あなたのあたたかい手が好きでした。


あなたとふたりだけの世界に産まれたかった。



私はどうすれば良かったのでしょうか。



始まりは彼が同僚の女の子に貰ったというハンカチだった気がします。


前に傘を忘れた彼女に、自分のものを貸してあげたことがあったと彼が話してくれました。

私は、綺麗にラッピングされたそれが憎らしくてたまりませんでした。


彼はすごく優しい人だから、困っている人を見ないふりするなんて、考えもしないことだとわかっていたけれど、相手のことはわかりません。


その子が何を考えてわざわざお礼を寄越してきたのかなんて、考えたくもありませんでした。私の知らない場所で私の知らない人と過ごす彼のことがすごくすごくすごくすごく嫌いでした。



もしかしたら、そういう些細なことを彼に話してひとつひとつ解消していれば何か違う結果になったのかもしれません。





あの日は何がきっかけでそうなったのか今ではもう思い出せません。


強い怒りで身体が震えて、声がうまく出せなくて。

私を落ち着かせようと近づいてきた彼の頬を気づいたら強く打っていました。


その瞬間の彼の顔を感触を酷く鮮明に覚えています。


冷静になればわかるのです。


私が間違っていると。


何があっても手を上げることだけはしてはいけないと。


ですが、怒りに支配された私の頭に正解なんて浮かんできませんでした。


だから、いつも頭が冷えたときに死んでしまいたくなるほどの後悔に襲われて動けなくなるのです。


下を向いて謝る私を、彼は大丈夫だよと優しく抱きしめてくれました。

その優しさがさらに私を辛くさせました。




私は本当に彼のことを愛していたのです。

愛していたからこそ冷静ではいられなかったのです。



彼は日を追う事に笑わなくなっていきました。

あまり話さなくなって、私の後ろを歩くようになって、私の機嫌だけを気にするようになりました。


私の好きな彼がどんどんいなくなっていくのがわかりました。


それでも、私は彼を縛ることをやめられませんでした。


いつもそばにいてくれたからです。私のことだけを考えてくれたからです。優しく抱きしめてくれたからです。私だけをみてくれたからです。



けれど

そんな生活が長く続く訳がありませんでした。



満たされていたはずだったのに、気づけばいつも焦燥感に襲われるようになりました。


ずっと不安に押しつぶされそうでした。


彼に抱きしめられている間は全てを忘れることができていたのに、彼のあたたかな体温は毒にしかならなくなりました。



どうして彼はこんなに細いんだろう。どうしてこんなに恐る恐る話すんだろう。私はどうしてこんなに冷えているんだろう。

この部屋はどうしてこんなに暗くて、静かなんだろう。



考えなくたって答えはでていました。私のせいだと。私が全部を壊したせいだと。自分勝手に感情を振りかざしたせいだと。


気づいたところで、壊してしまったものをどうしたらいいのかわかりませんでした。


私が好きだった彼を、彼が好きだと言ってくれた私を殺してまで癇癪を起こし続けた結果、残ったものは何もありませんでした。



日に日に後悔は増していきました。


やがて、その大きさに耐えられなくなると毎日ひたすら泣いて、泣いて、泣いて謝るようになりました。





そうして何日も経って涙も枯れた頃。




彼は私をきつく抱きしめて、ゆるさないと笑ったのです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

はなれるなんて、ゆるさない。 苺太 @2gou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ