第16話 第十章:揺れる距離、ほどける言葉(後編)

翌日、優はひとりで大学にいた。

就活セミナーの合間、静かな図書館の片隅。

開いたノートのページは真っ白なまま、心の中だけがざわついていた。


“あのとき、私はちゃんと否定しなかった”

“怖かった。なにが? ばれること? 美咲を守れないこと?”


何を守りたいのかさえ、言葉にできなくなりそうで――

でも、逃げている自分が嫌だった。


その夜。

珍しく、美咲の方から「今日は会えない」とメッセージが来た。

理由は書かれていなかった。


優は考えた。

あの夜、抱きしめてくれたのは美咲なのに、

今日は距離を置こうとしている――なぜ?


“私が、自分の気持ちを言葉にできなかったからだ”


優は思い切って、美咲にメッセージを送った。


「ごめん、昨日ちゃんと話さなくて。ちょっと混乱してた。

でも、美咲のことを“守るため”って言い訳で、黙ってしまったのは、私の弱さだった。

本当は、言いたかった。

“美咲が私の大切な人です”って」


数分後、返事がきた。


「それ、直接聞きたい。明日会える?」


次の日、優は手に紙袋を提げて美咲の部屋へ向かった。

中には、美咲が前に「かわいい」と言っていたキーホルダーと、手紙が入っていた。


部屋に入ると、美咲は少しだけ不安そうな顔で迎えてくれた。

でも、優が小さな袋を差し出したとき、ふっと表情が緩んだ。


「……何これ?」


「おそろいの、お守り。中身は、ただのキーホルダーだけど……」


「手紙も入ってる?」


「入ってる。……読む?」


美咲は頷いて封を開けた。


“あなたが私を抱きしめてくれた夜、

私はようやく気づいた。

“守る”って、隠すことじゃない。

私の中の“怖さ”を、あなたはもう知ってくれている。

だから今度は、あなたの手を取る勇気を持ちたい。

私たちがどんな関係かなんて、誰かに決められたくない。

私は、あなたを選びたい。

あなたと一緒に、世界の中で笑いたい。”


読み終わった美咲の目に、静かに涙がにじんでいた。


「……優、それ、反則。泣くって」


「ごめん……でも、言いたかったの。ちゃんと」


ふたりはそっと抱きしめ合い、長い沈黙を交わした。

それは傷を塞ぐためではなく、これからを確かめる時間だった。


第十一章予告:「選んでいく日々」

他人の目、世間の声――

それでも“選びたい”という気持ちが、ふたりをつなぎとめた。

けれど、選び続けるということは、終わりなく問い続けることでもある。

日常のなかで揺れながら、ふたりは少しずつ、“ふたりの世界”を社会の中に築いていく。

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