第12話 第八章:誰かに話したくなる日(後編)


翌日、大学の帰り道。

講義終わりに合流したふたりは、夕暮れのキャンパスを歩いていた。


「……今日、ちょっと緊張してた?」


美咲が言った。


「え? わかる?」


「うん。目が泳いでた。私の顔見るの、ちょっと避けてたし」


優は少し顔を赤らめた。


「そういうとこ、すぐバレるね……」


「なんで緊張してたの?」


優は、歩く足を一瞬止めてから、美咲のほうを見た。


「……昨日、美咲が言ってたこと。誰にも言えないと不安になるって話。あれ、わかるなって思ったの」


「うん」


「私も……まだ怖い。でも、私たちがちゃんと好きでいるって、伝えたくて。だから……今日は、“私たちは恋人同士なんだよね?”って、ちゃんと自分から言おうって、決めてたの」


「……ふふ。ちゃんと言えたね。偉いね」


美咲が優しく笑い、手をそっとつないだ。


「ねぇ、優。言葉で確かめるのって、大事なんだね」


「うん。心では思ってても、伝わらないことあるし……」


「だからさ、時々、ちゃんと言ってよ?」


「“好き”って?」


「うん。あと、“私たちは恋人です”ってことも」


優は照れくさそうに笑いながら、真剣に頷いた。


「……私たちは、恋人だよ」


その言葉が、夕暮れの空に小さく響いた。


それからしばらく歩いた後、美咲が少し照れたように言った。


「ねえ、もし……将来、“この人が恋人です”って誰かに紹介する日が来たら、私はちゃんと隣にいたいな」


「……うん。私も、そう思った」


まだ“誰にも言えない”関係。

でも、“誰かに話したくなる”その気持ちは、確かにふたりの間にあった。


それは、ふたりがこれから歩んでいく未来を、少しずつ照らしていた。


第九章予告:「名前のない関係に、名前をつける」

恋人と呼ぶにはまだ少し不器用で、

でも友達とは違う温度を知ってしまったふたり。

これから“ふたりのかたち”を、どうやって育てていくのか。

周囲との関係、自分自身の価値観――すこしずつ広がる世界の中で、

彼女たちは、“自分たちの名前”を探しはじめる。


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