「揺れる風の中で」
@wassha
第1話 出会いと初夏の風
大学1年の4月、新歓コンパの喧騒が終わった帰り道。私は人混みに紛れて、見知らぬ駅のロータリーで一人ぽつんと立っていた。まだ春の気配を残した夜風が頬を撫でる。スマートフォンの地図は方角を教えてくれないし、周囲の先輩たちは既にどこかへ消えていた。
「道に迷ったの?」
後ろからかけられた声に振り返ると、そこには同じサークルの名簿で名前だけ見た記憶のある女の子が立っていた。黒髪を一つに結んで、紺色のスプリングコートが風に揺れている。軽く笑って、私の顔をじっと見た。
「私、美咲。たしか、今日の自己紹介で“朝倉”って言ってたよね?」
一瞬、緊張で言葉に詰まりかけたけれど、美咲の柔らかなトーンと距離のない笑顔に、私は思わず口元を緩めて頷いた。
「うん、朝倉優。なんか、人多くてよくわからなくなっちゃって」
「でしょ? 駅、あっち。私もこっち方面だから一緒に行こ」
それが、すべての始まりだった。
駅までの道を並んで歩きながら、美咲は自然と私の歩調に合わせてきた。彼女は、ただ相手に合わせるというより、どこか“自分も同じような不安を経験してきた人”という空気を持っていた。歩くたびに、話すたびに、不思議と緊張がほぐれていくのを感じた。
「大学って、こういうふうに“なんとなく”友達ができるの、面白いよね」
「そうだね。まだ何も知らない同士だから、逆に話しやすいのかも」
会話のリズムが自然で、途切れない。話題は自己紹介のときの恥ずかしい失敗や、地元の話、そして入ったサークルの雰囲気などに移っていった。
「ちなみに、朝倉さんはどこ住み?」
「えっと、駅で言うと高円寺のあたり」
「うわ、私も!うち、阿佐ヶ谷。めっちゃ近いじゃん」
小さな共通点が見つかるたびに、二人の距離は縮まっていった。
電車を待つ間のホーム。夜風が少し強く吹いたとき、美咲が私の髪が乱れるのを見て、さりげなくハンカチで風を遮った。
「意外と寒いね。春って言っても油断できない」
「うん、ありがとう。……なんか、安心する」
「ふふ、よかった。私も、あなたと話してたらちょっと肩の力抜けた」
その一言で、私は彼女に心の鍵を一つ預けたような気がした。
美咲の視点
——朝倉優。最初に見たときから、どこか無理して笑ってるように見えた。新しい環境で、ちゃんと馴染まなきゃって必死になってるの、私にも覚えがある。そういう人を放っておけないのは、たぶん、昔の自分を見ているみたいだからだ。
私も高校までは人付き合いが苦手だった。親しい友達がいても、なんとなく“誰かと比べられてる”ような気がして、素直に心を開けなかった。だからこそ、大学では最初からちゃんと「大事にしたい人」とは向き合いたかった。
優は、おとなしいけれど、人の話をよく聞くし、言葉を大切にしてる人だとわかった。口数は多くないけど、話の返しにちゃんと“その人なりの思い”が入っている。だから、一緒にいて気が休まる。まるで、夜風の中でもひとつの灯りがそこにあるような。
——この子となら、ちゃんとした友情を築けるかもしれない。
そんな直感が、あの春の帰り道に確かにあった。
こうして、二人の友情は少しずつ形を取り始めた。
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