🪽第17話:翼を持った教室
最初に“異変”が起きたのは、3年1組の教室だった。
「机が……勝手に、動いた?」
授業後にノートを取りに戻ったカナが、誰もいないはずの教室で、
机の一つが“すっと数センチ後ろに下がる”のを見たという。
最初は風か地震の影響かとも思ったが、
それから数日間、ほかのクラスでも似たような話が立て続けに報告された。
「教卓がずれてた」「椅子が勝手に前を向いていた」「並びが変わってた」――
そしてついに今日、俺たちの2年2組でも起きた。
放課後、教室に入ると、すべての机が“きれいな角度で斜め前”を向いていたのだ。
まるで全員が、一斉に“何かに向かって飛び立とうとしている”ような。
「……これは、偶然じゃないな」
俺はリビスに画像を送りながらつぶやく。
「この並び、“群れ”のV字飛行に似てないか?」
AI《リビス》が応答する。
「画像解析中……一致率86%。
これはカモや雁などの渡り鳥がとる“編隊飛行”の配置と類似している。
しかも、“教卓”を先頭と見立てたとき、角度と距離が整合している」
「でもなんで机が……そんな“群れ”みたいな動きを?」
「仮説1:何者かによる意図的な配置
仮説2:教室という空間内での“物の同調現象”を模倣した“イメージ再現”」
「つまり、“誰かがそれっぽく整えた”ってこと?」
「あるいは、無意識に“群れの形”を好んで配置した可能性もある。
人間もまた“同調の生き物”だからな」
カナが、少し考え込んだように言った。
「なんかさ。人も机も、集団に合わせて動くってことあるじゃん。
みんなが前を向いてるから、自分もそうしとこうとか。
自分の意思か、ただの習慣か、わかんなくなる時ってあるよね」
「あるな。俺なんてたぶん、9割が“合わせてるだけ”でできてる」
「でも、それって悪いことかな」
「悪くない。むしろ、生き物ってそうやって進化してきたんだろ。
魚も鳥も、群れの中にいるから生き残れた」
「じゃあ、群れから外れると?」
「……死ぬか、目立つか、進化するか、だな」
カナはその答えに少し驚いたような顔をして、笑った。
「じゃあ、リクは群れを飛び出すタイプ?」
「お前が飛び出すなら、追いかけるタイプかもな」
「え、それってつまり……」
「いや、なんでもない」
そのとき、窓の外から、鳥の群れが校舎の上を横切っていった。
彼らは風に合わせて編隊を組み、一定の距離を保ちながら飛んでいく。
まるで、誰かと“心の間隔”をとって飛ぶ術を知っているかのように。
俺たちは、しばらく黙って、教室に並んだ机を見ていた。
無言のまま、同じ方向を向いたそれらは、
どこか“自分たち自身”の姿にも思えた。
🧪【バイオ・ノート】
群れで動くってどういうこと?
鳥や魚などの生き物は、群れで行動することで捕食から身を守ったり、効率的に移動したりしています。
とくに渡り鳥の「V字飛行」は、前を飛ぶ鳥が作る気流を後ろの鳥が利用することで、エネルギー消費を抑える“協調構造”です。
人間も、無意識に集団の行動や表情、姿勢をまねる“ミラーニューロン”を持っており、
これは「模倣進化」の名残とも言われています。
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