🌙第14話:昼に咲いた月の花
「……咲いてる、昼なのに」
五月のまぶしい日差しの下、理科棟裏の花壇に咲いた花を見て、カナが立ち止まった。
薄紅色の花弁。
開いたばかりなのか、わずかに震えながら、光を受けて咲いている。
それは、月見草――夜にだけ開くはずの花だった。
「月見草って、夜しか咲かないんじゃなかったっけ?」
「基本はそう。夕方から夜に開いて、朝にはしぼむ。だから“月の花”って呼ばれてるんだよ」
「なのに……昼に咲いてる。しかも一輪だけ」
俺はしゃがみ込み、そっと観察する。
花は弱々しいけれど、どこか必死なようにも見えた。
スマホを取り出し、AI《リビス》に呼びかける。
「リビス。月見草が昼間に咲くことってあるのか?」
「事例あり。月見草は環境条件によって、開花の“時刻”を変えることがある。
特に気温・光量・土壌湿度の異常が“開花のシグナル”を狂わせることがある」
「つまり、環境ストレスで“勘違いして咲いちゃった”ってこと?」
「その解釈でよい。だが、“ずれた”というより、“適応した”とも言える。
本来の時間ではなく、“今がベスト”と判断した結果だ」
カナが、どこか遠くを見るようにつぶやいた。
「なんかさ……花まで“時間に追われてる”みたいだね」
彼女は最近、ずっと何かに焦っているようだった。
テスト、推薦、将来、進路。
学校に漂う“受験”の空気が、じわじわと押し寄せてくるこの時期。
「わたしも、なんか“ズレてる”んだよね。
朝早く起きても頭働かないし、夜のほうが集中できるし……
他の子みたいに“決まった時間”に頑張れないの」
「それ、別に“ズレてる”って言わないんじゃないか?」
俺は月見草を見ながら言った。
「この花だって、“みんなと違う時間”に咲いたけど、ちゃんと咲いてるじゃん。
それってむしろ、タイミングを自分で選んだってことだろ?」
「でも、誰にも見られなかったら?」
「見たろ、俺が」
そのとき、カナが少しだけ、照れたように笑った。
「リビス。植物の開花時間って、どうやって決まるんだっけ?」
「開花のタイミングは、“概日時計”と呼ばれる体内時計と、
“外部刺激”(光・温度・湿度など)によって制御される。
日照時間の変化によって花の咲く“季節”や“時間帯”を調整するのは、生存戦略の一つ」
「じゃあこの子は、自分の時計をちょっとだけ進めて、“今がチャンス”って思ったんだな」
「あるいは、他の花より早く咲くことで、目立とうとしたのかもしれない。
昆虫に気づいてもらうために」
俺はそっと、その花の隣に立って写真を撮った。
「お前はちゃんと咲いたぞ、昼間でも」
そうつぶやいたら、カナが言った。
「じゃあ、わたしも……夜型でも、ちょっとくらい咲けるかな?」
「おう。お前のタイミングで咲けよ。
それに、誰かが見てないなんてこと、ないからさ」
カナはなぜか、うつむいたまま小さく笑った。
その日の帰り道、ふと振り返ると、
花壇の月見草が、西日を受けてほんのり光っていた。
まるで、「この時間に咲いてよかった」と言うように。
🧪【バイオ・ノート】
花の開花時間はどうやって決まる?
植物は体内に「概日時計(サーカディアンリズム)」を持っており、
光の強さ・温度・湿度などの環境刺激によって、開花のタイミングを調整します。
月見草のように“夜に咲く”花も、ストレスや気候条件の変化によって、
“予定外の時間”に開くことがあります。
それは“間違い”ではなく、“生きるための判断”でもあるのです。
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