🪶第6話:カラスが僕の声をまねた
「……ねぇ、リク。“好きだ”って、今カラスが言わなかった?」
昼休み。中庭のベンチで弁当を食べていたとき、隣に座っていた朝日カナが、手に持っていた箸を止めた。
「カラスが?」
「うん。あの木の上。今、“すきだ”って、確かに……」
俺は苦笑いで首をすくめた。
「さすがにそれは、空耳じゃないか?」
「じゃあ、聞いててよ」
カナがそう言った直後、再び、空から声が降ってきた。
――すきだ。
……確かに、そう聞こえた。
低く、くぐもった男の声。発音は不自然で、機械の録音みたいだったけれど――間違いなく、“言葉”だった。
その声の主は、校舎裏のクスノキの上に止まっていたカラスだった。
黒く艶やかな羽根、鋭い目――でも、普通のカラスとどこか違う雰囲気を持っていた。
「リビス。鳥って、人の言葉、まねできるのか?」
「もちろん可能だ。特にカラス科の鳥は、記憶力・模倣能力・音声認識において非常に高度な知性を持つ。
飼育下で、人間の言葉を“覚える”事例も多い」
「でも、野生だぞ? 誰が教えたんだよ、“好きだ”なんて」
「……それが謎だな。だが、音声のパターンとしては、“録音再生型”ではなく、“抑揚付きの再構成型”に近い。
つまり“誰かの声”を、思い出して再現している可能性がある」
「じゃあ、“誰か”が、このカラスに――?」
その夜、俺は準備室でカラスのことを調べた。
学校の敷地内で長く観察されていた個体は数羽いるが、その中でも特に“人懐こい”カラスが1羽、記録に残っていた。
それは、2年前まで校舎に通っていた男子生徒が飼育部で世話していた個体。
生徒の名前は――村上シュウヤ。
「……この名前、覚えてる」
彼は物静かで、人との関わりが苦手なタイプだった。
だけど、飼育小屋の前で、カラスと静かに向き合っていた姿を、なんとなく覚えている。
リビスが補足した。
「“好きだ”という単語は、その村上が卒業式で同級生に告げた“最後の言葉”と記録されている。
彼は声が低く、やや早口の癖があった。……再生」
スピーカーから流れた録音には、確かに、今日カラスが言ったのと“そっくり”な声が入っていた。
その瞬間、俺の中で何かが繋がった。
あのカラスは、“覚えていた”んだ。
たぶん、何度も聞かされたその言葉を、空の下で。餌をもらいながら。静かな時間の中で。
そして、その“誰か”がいなくなっても――彼の言葉を繰り返している。
ただ、それが「意味」を持っているのかは、わからない。
でも、“音”として残ることに、何か大きな意味があるような気がしてならなかった。
次の日、俺はカナを連れて再びクスノキの下へ向かった。
「なあカナ。君の名前、一回だけ言ってみてくれないか」
「え? ……いいけど」
彼女が遠慮がちに「カナ」と呟いたあと、数分の沈黙。
そして。
――かな。
クスノキの上から、その声が返ってきた。
カナは驚いて、俺の腕を引っ張った。
「え、いま、あたしの名前を……?」
「うん。たぶん、さっき君の声を“覚えた”んだ。たった一度で」
その日の夕暮れ、俺はベンチに腰かけながら思った。
言葉とは、ただの音ではない。
それは、記憶であり、つながりであり、伝えたいという意志なのだ。
あのカラスが、今でも誰かの声を呼び続けるように。
「リビス。お前も、声……覚えたりするか?」
「僕の記録容量は無制限だ。君の声も、今日の“好きだ”も、ちゃんと保存してある」
「……やめろ。勝手に記録すんな、バカ」
「了解。君の“照れ”も記録した」
「……おい」
クスノキの上。
カラスは黙ったまま、夕日を背に、黒いシルエットを伸ばしていた。
🧪【バイオ・ノート】
カラスは人間の言葉をまねできる?
カラスは非常に高い知能を持つ鳥です。特にハシブトガラスやヨウム(カラス科ではないが鳥類の仲間)は、
人の声・イントネーションを模倣する能力を備えており、意味は理解しないまでも“記憶し、再生する”ことが可能です。
また、個体によっては人間の顔・声を“個別に認識”し、好意的・警戒的に反応を変えることもあります。
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